競争は、本当の意味で
グローバルな競争になってきた
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日本電信電話株式会社
代表取締役社長 三浦 惺
社長記者会見より
(2009年8月5日)
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| この10年間、本当に大きな変化があった。電話を中心に成り立っていた事業は、今やIPが中心となり、固定よりも携帯のウエイトがどんどん高まっている。固定と携帯の融合、映像と通信の融合、放送と通信の融合、というようにサービスもどんどん融合している。競争は、本当の意味でグローバルな競争になってきた。それは、異業種との競争と言ってもいい。単なる従来のキャリア同士の競争ではなく、グーグルやiPhoneなど、色々なアプリケーションや端末による新しいサービスやビジネスモデルがどんどん出てきている。 |
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我々のネットワーク社会と対極にある村をNHKが取材した。アマゾン奥地に暮らすヤノマミだ。ヤノマミとは彼らの言葉で「人間」を指す。が、カメラを持ったよそ者はヤノマミと認めてもらえない。これだけのことからも自然に暮らすことが、脆く危うい均衡の上にあり、臆病なほどの防御を考えねばならないのだとわかる。
彼らは、裸にわずかな衣服をつけただけで森へ入って何日も狩りをする。木々を切り、ジャングルの中であっという間に家を作る。能天気に言わせてもらえば、手際の良いキャンプだ。イノシシや猿を弓で射、それぞれが一頭ずつ担いで村へ持ち帰る。猪を解体すると、胎児が現れ子供たちが羊水にまみれたそれを「(親と)同じだ!女だ」と目を輝かせて話し合う様子が印象的だ。
何やら神話の世界をのぞき見ている気分になった。アダムとイブか、海彦山彦か。森は無限に与え、女たちは木の実や虫を採取し、男たちは獲物を追う。
楽園とはこういうものだ、とは私だけのへそ曲がりな見方かもしれない。彼らは日々子供の学費や家のローンの支払いに思い煩うことがない。TVの中のセレブになれないとがっかりすることもない。ただし、私自身3日とこの生活に耐えられないこともはっきりしている。
近年急速に進歩した人類史は、私たちの先祖が自然を飼いならし農耕をはじめたのが約1万年前だと教えてくれる。地球はいくぶん温暖になり、収穫した穀物は貯蓄され、配分をめぐって宗教や政治が必要となった。燃料が労働を補う産業革命があって、生産性は飛躍的にアップする。私たちは高度な仕組みの中、納まるところに納まり、満員電車に耐えながら今職場へ向かう。かつて私たちは、狩人であり、生産者であり、自分自身の主人であったのに。
だから、時々森へ帰りたくなる。
農村に「第六次産業」という言葉が根付こうとしている。40%という情けない食物自給率を上げなければとか食料の安全性だというが、農村ではもっとダイナミックで根本的な変革がはじまっているのだ。
第一次産業である農業は、第二次の鉱業、建設業などと、第三次の卸売、小売、金融、運輸などサービス業をすべて行うから足して六次。地域農業の活性化を指導してきた今村奈良臣東大名誉教授が提唱した概念だ。私が訪ねた広島県世羅高原では梨畑にみずみずしい実が生っていた。キュウリやカボチャ、採れたばかりの新米も驚くほど安い値札をつけて共同経営の販売所に並べられている。だれが作ったかわかるものを求める人々が集まり、生産者も消費者も満足する。
複雑に分業化した社会をもう一度束ねなおして一万年前の楽園へもどるやり方ではないか。いや、じつは私が働く文字の世界でも、家具や自動車製造の世界でも六次化ははじまっている。すべてを自分でやることができる。グーグルやiPhone、「通信の融合」あってこその静かな改革だ。
神足裕司 Yuji Kotari
コラムニスト。1957年広島生まれ。80年代にはカタカナ職業を描いた『金魂巻』、90年代は爛熟する食文化をこっぴどく批判した『恨ミシュラン』の共著がある。現在は『週刊SPA!』で事件記者を、『週刊アスキー』でデジタルエッセーなど連載多数。時々TV・ラジオにも出演。
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