
日本のインターネット商用利用がスタートしたのは、1992年のことだった。以来、わずか20年弱の間に、インターネットは社会基盤としてすっかり定着。いまや、ビジネスや社会生活に欠かすことのできないツールとなった。総務省の「平成20年通信利用動向調査」によれば、国内のインターネット利用者数は2008年末で9,091万人、人口普及率は75.3%に達しているのである。
NTTは、1980年代半ばからすでにインターネットを社内で利用し、研究開発も進めていた。その商用化が始まるとすぐに“旧NTT Homepage”「日本の新着情報」などポータルサービスやディレクトリサービスを提供。インターネットの加速度的な普及と定着に貢献してきた。今回は検索エンジンを中心とした当時のWebに関わるエポックメイキングな技術や施策にスポットを当ててみたい。
インターネットの原型は、1969年に米国防総省の高等研究計画局(ARPA:Advanced Research Projects Agency Network)が導入した 「ARPAnet」であるといわれている。その狙いは、複数に分散したコンピュータサイトを有機的なネットワークで相互に結び、万一どこかのサイトがダメージを受けた場合にも、全体としてのシステムが決して停止することのない冗長なネットワーク環境を築くことだった。
そうした中、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、スタンフォード研究所、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、ユタ大学の4カ所がTCP/IPで相互接続されるなど、次第に米国内の接続サイトが拡大されていった。さらに世界中の企業や大学、教育機関等のさまざまなネットワークがボランタリーベースで相互接続されることによって、急激な成長を遂げていった。
日本では、1984年に東京大学、東京工業大学、慶應義塾大学が相互にネットワークを結び「JUNET」を形成。ここに多くの大学や企業の研究機関が参加する形で拡大していった。これを基礎に、分散処理環境構築とインターネットに関する研究開発を目指して、1988年に産学共同の「WIDEプロジェクト」が発足した。1989年には、「WIDE」が全米科学財団ネットワーク(NSFNET)と接続し、TISN(Todai International Science Network:国際理学ネットワーク) やJAIN(学術研究大学間ネットワーク)などの学術系ネットワークも形成される中で、日本のインターネット開発基盤が形成されていった。
NTTにおいては、1984年にTCP/IPによるLAN構築を研究所内で草の根的に開始。1988年に、研究所間をLANで接続する「NTT-INET」が、コンピュータ科学者の国際的ネットワークである「CSNET」のホストとのTCP/IP接続を成功させている。またインフラ面でも整備を進め、1988年には全都道府県庁所在地を結んだ光ケーブル網を完成。さらに、インターネット環境整備のバックボーンとなる海底ケーブルの提供などを推進した。
このように国内のインターネット環境が整う中、1991年に「JUNET」からDNS(Domain Name System)などの管理業務を引き継いだ「JNIC」が、翌1992年に「JPNIC」へと組織変更。このIPアドレス・ドメイン名などの割り当て業務の開始を契機としてIIJ等の商用インターネットサービスプロバイダ(ISP)が誕生した。こうして、日本におけるインターネットの商用利用がスタートしたのである。
1993年には、NTTの研究チームもWWW(World Wide Web)サーバを立ち上げ、最初のNTTホームページの英語版/日本語版を公開した。折から、国内外で次々と新たなWWWサーバが立ち上げられ始めた時期でもあったことから、旧NTTホームページは世界のWWWとURLの最新情報を網羅し、事実上日本初のポータルサイトとしての役割を果たした。また、大量のアクセスを円滑に処理するための「Webサーバの高速化」や、世界に先駆けた「分散システム技術」の実証実験もいち早く行うなど、日本におけるインターネットのパイオニアとして、普及を加速させた。
さらに特筆すべき出来事は、早くも1995年12月にネット上の膨大な情報の中から、求めるものを効率的に探し出すためのディレクトリサービス“NTT DIRECTORY”を、通信事業者として提供していたという事実だ。当時は早稲田大学の“千里眼”のような有志によるボランタリーな検索サービスが中心であった。Yahoo! JAPANの日本語での情報検索サービス提供開始も1996年4月だったことを見ても、その先見性が伺える。

“NTT DIRECTORY”ではロボットエンジン『TITAN』、全文テキスト検索エンジン『InfoBee』、WWW-データベース連携ツール『WebBASE』という3つの検索エンジンを使ったホームページの検索が可能で、利用者が自由に検索方法を選択できた。『TITAN』や『InfoBee』のキーワード検索では、それぞれのインデックス・ファイルを検索して、指定されたキーワードを含むウェブサイトの一覧を表示する。
当時NTTソフトウェア研究所で、中央の大型コンピュータに専用端末がぶら下がるスタイルの従来のメインフレームからのダウンサイジングを進め、それに伴うクライアント/サーバ・システムなどを基盤とした分散コンピューティングを推進していた、現・NTTデータ技術開発本部システム科学研究所 所長・山本修一郎は、ジャンル別検索について、こう語る。
「“NTT DIRECTORY”のジャンル別検索サービスでは、ジャンルを絞りながら求める情報へ誘導していきます。私たちは、そのためのエンジンとして『WebBASE』を活用しました。これは、WWWからRDB(リレーショナル・データベース)へのアクセスを可能にしてくれます。つまり、指定したジャンルに属するサイトの一覧をHTML(HyperText Markup Language)で自動作成し、WWWの情報ページとしてブラウザ上に表示するという仕組みを築いたのです。さらにURLやタイトル、紹介文などの情報をリレーショナル・データベースに格納し、随時検索して表示することで、新着情報表示やジャンル別表示などさまざまな掲示を可能にしました」
また、データベースの検索精度やスピードは、データを表組み形式で収納するテーブルの設定に依存する部分が少なくない。そこで“NTT DIRECTORY”では、属性やURLなどの情報を要素テーブルと分野テーブルに分けて管理することにした。つまり、まず分野テーブルを検索して、指定したジャンルの識別子リストを取得。次いで要素テーブルの中から、このリストに対する情報を検索するという手法をとったのである。

「一方、何回もデータベースとのやりとりを繰り返すと、今度はその分だけ全体の処理負荷が拡大してしまうという問題が生じます。そこで、一度検索した結果をキャッシュとしてキープしておき、次回以降はそれを利用することで、データベースとのやりとりを軽減。大量の要求に対しても、満足のいくパフォーマンスを保証する工夫を図りました。さらに、多くのアクセスが一気に集中した場合にも、スムーズな処理を実行するために、同様のサービスを提供するサーバを複数設置するミラーリングを図ったり、その際のサーバ間における負荷分散の最適化を図ったり・・・、分散環境のパフォーマンスアップを実現するさまざまな実証実験を行いました」
このようにインターネットに関わる技術にいち早く着目して、その開発に取り組み、新たなサービスの開発と提供を進めてきたのは、NTTならではの顧客志向の表れだ、と山本は訴える。
「これまで存在していなかった新しい技術や文化を提供する際には、『明日のお客さまは誰なのか?』をイメージする感覚が必要です。そして、明日求められるサービスを他に先んじて現実化する姿勢が不可欠なのです。そんな意識やセンスをもった人材が、技術開発部隊には数多くいました」
さらに、研究開発と現実の市場を見つめる事業部門の連携姿勢の強さも、NTTの特長のひとつだ。例えば、“NTT DIRECTORY”は事業部門であるOCNの要望で開発されたものであり、2000年にOCNに引き継がれ、さらに市場の要望によってさまざまなサービスの中にインテグレートされていった。
また、事業部門の視点を活かして、当初からWeb技術を次代の企業システムに活かすことを見据えた研究が進められてきた。そこで、背後のサーバの存在を意識することなく、さまざまなビジネス処理を各自のクライアントPC上のブラウザから、あたかもローカルで処理しているかのような感覚で実行することを目指し、そのための技術を蓄積しながら実際の企業システムに結実させてきたのである。
例えば、『WebBASE』の動作や定義を記述するスクリプトは、HTMLだけでなくRDBのSQL(Structured Query Language)を混在させることができるので、データベースに収納されたマルチメディア情報のアクセス処理を、このスクリプトだけで記述することができる。したがって、非常に短期間でシステム構築を行うことが可能になった。さらに、クライアント/サーバ型システムを開発するためのミドルウェアとして、データベース管理ソフトウェア『VGUIDE(Visual and General User Interface for relational Database Environment)』を活用した。これは主要なデータベース製品をカバーしているので、複数の既存データベース資産を継承しながら、それらを同時に活用することも可能になったのである。
一方、今後のインターネットを取り巻く市場を考えると、E-コマース(EC)やモールの形成をはじめとする決済ニーズが高まることは必至だった。そこでNTTでは、『WebBASE』を基盤としたECシステムなどの構築とともに、決済上不可欠な本人認証のために早い時期からICカードの開発にも取り組んでいったのである。このように、“NTT DIRECTORY”から受け継がれたWeb環境における技術は将来の市場を予測しつつ、次代を先取りした研究開発が続けられている。
「いずれにしても、(1)事業部との連携によって新しい市場を築いていく機運。(2)まず、R&D部門自体が新技術の活用を図り、自らもユーザとしての視点をもってさらなる改革や改善を図る姿勢。(3)そして『その技術が実際に活用されるシーン』を思い描く力とそこから導かれる豊かな発想。これらが、NTTのアドバンテージの源泉を築いてきたのです」
以上、駆け足で見てきたように、NTTは急速な進化と普及を続けるインターネットの将来を眺望し、その黎明(れいめい)期から今日の開花を準備してきたのである。NTT研究所は、今後ともR&D最前線と現実の市場を見つめる複眼的視点で、常に「明日のお客さま」や「将来のビジネス」に向けた技術開発とサービス創造を続けていきたいと願っている。
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