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vol.1 『量子』 量子研究の成果と活用の未来

最近、「量子」という言葉を耳にする機会も多い。「量子コンピュータ」「量子暗号」など夢の技術として実用化が望まれている。しかし、大学で物理等を学んでいない方にとって量子力学は難解なもので、あまり深く知ろうとする方も少ないだろう。
量子は、「粒子性」と「波動性」を同時に併せもつ物質の性質を表す物理的な量の最小単位を指し、物質の質量や運動などの関係を明確にした古典的な物理学では把握できない"ふるまい"をすることが知られている。
NTTは早くからこの研究に取り組んできた。そこで今回は、NTTがこのテーマに取り組む意義や成果、さらに将来展望についてNTT物性科学基礎研究所の山口浩司上席特別研究員の話を交えて紹介していきたい。

量子(quantum)とは・・・ - 粒子と波の両方の特性を持つ光子や電子

半導体表面における電子波の様子

※1 図版出典について

物質はそれを構成する部品や素材から成り、素材は多くの「分子」「原子」、原子は「原子核」と「電子」によって構成されている。さらに「陽子」、「クォーク」へと物質の最小単位である「素粒子」となっていく。この「原子」より小さい単位を構成する素粒子の種類や数、結びつきが変わるだけでわれわれの知る「物質」が全く違うものになってしまう。このような微視的な世界における物理法則を説明するものが「量子」である。つまり量子は、簡単にいえば、光や電子など、世界を構成する基本構成要素の運動を説明するための"概念"ともいえる。水という「媒質」が波紋をつくる時、波とはその「媒質」の変形の状態を表すが、光や電子は「波」としての性質を示すにもかかわらず、連続体としての「媒質」にあたるものが見当たらない。波(連続体が変形する性質)と粒子(空間内を物質が運動する性質)とを併せ持つ、光や電子のふるまいは「量子力学」と呼ばれる法則により記述される。

量子コンピュータへの途(みち)-「量子の重ね合わせ」の作成に成功

上で述べたように、量子力学とは微視世界で生じる現象を記述するための体系であり、光や電子などが「粒子」としての性質と「波」としての性質を同時に併せもつ---すべての力学系は粒子でもあり、波でもある---ということを、理論づけた物理学だ。

「確かに電子を観測すると粒のように見えます。しかも、まるで波として広がっているようにも見えるのです。しかし、ここにおける大きな違いは、『一個の電子が波を示す』ということなのです」とNTT物性科学基礎研究所 上席特別研究員・山口浩司は語る。

手に持っているリンゴを放すと地面に落ちるという万有引力の話は、誰でも知っているだろう。このリンゴの運動を記述するのはニュートンの古典力学と呼ばれるものである。この際の重要な大前提は「リンゴの位置は(私たちが正確に知らないにしても)ある場所に決まっている」という点である。しかし、ミクロの世界では、実はこれは成り立たないことが知られている。ミクロな世界で、リンゴの代わりになるものを電子だと考えると、電子の位置を観測しようとすると、あたかもいくつかの位置に同時に存在しているように見える。つまり、量子力学の世界においては電子がある位置に存在する「確率」しか法則は予言できない。下図はNTTの研究所で作製した半導体量子ビットの基本構造であるが、図の黄色い丸で描かれた二つの部分に電子は存在できる。ある条件でどちらにいるかを測定すると、どちらにも50 %の確率で存在しているように見える。これが量子力学の本質であり、もちろん片側だけに100 %存在している状態を作ることもできるし、任意の配分で両側に存在できる状態を作ることも自由にできる。この事実は、二つの状態が同時に進行すること---すなわち本質的な「並列性」を量子力学の世界は有しているということを意味している。

半導体により作製した量子ビットの電子顕微鏡写真

周知のように、コンピュータはビットによって情報を「0」か「1」かで表現している。この「0」と「1」の状態は、具体的にはトランジスタのON/OFFで表され、ONの場合は「1」、OFFならば「0」となる。したがって、ビットは常にある瞬間ごとに「0」または「1」のいずれかの状態となり、1ビットについて「0」か「1」のどちらかの値しかもつことができない。

「多機能量子演算素子」の電子顕微鏡写真

これに対して、「同時に存在する」ことができる量子ビットの場合には、ひとつのビットが「0」でありながら、同時に「1」である状態を共存させることができる。古典物理学の概念を越えたこの並列性という現象は、「状態の重ね合わせ」と呼ばれており、量子コンピュータの基礎を築くものである。

しかし、この「状態の重ね合わせ」を自在に操作することは容易ではない。NTTは半導体微細加工によって、「電荷量子ビット」を集積化し、複数種の2量子ビット演算が可能な「多機能量子演算素子」の開発に成功した。高速パルス電圧の印加(電気回路に電源や別の回路から電圧や信号を与えること)によって、量子ビットの量子情報を任意に制御することができたのである。ここにおいて、量子コンピュータへの応用可能性が大きく拓けたのである。

量子コンピュータの特性 - 一度の計算で、すべての条件を総当たりできる

では次に、一つのビットが同時に「0」であり「1」であることのメリットについて考えてみよう。量子ビットは2つの入力に対応する状態を重ね合わせることができるので、1ビットで「0」と「1」の状態を同時に表現できる。さらに2ビットでは「00」、「01」、「10」、「11」という4通りの入力を同意に表現できる。さらに3ビットになると「000」、「001」、「010」、「011」、「100」、「101」、「110」、「111」の8通りの入力を同時に表現する。つまりN個の量子ビットを用いると、2のN乗個の入力が同時に表現できるのである。同様に40ビットならば、全世界の総人口をはるかに超える数の入力値を同時に表現。さらに100ビットになると、地球を構成する全原子数より大きな入力値を同時に表現できることになる。

従来の古典的ビットと量子ビットの状態を示す概念図

因数分解など、総当たりで計算しなければならない問題に対して、現在のコンピュータは、ひとつの入力値に対する計算を実行し、それが終わるとその都度次の入力値に換えて計算を繰り返す。つまり最大で2のN乗回の計算を次々と繰り返して最終的に解を得る、という逐次計算が実行されているのである。

これに対して量子コンピュータは、先ほども述べたように1量子ビットについて「0」と「1」の値を任意の割合で重ね合わせて表現することができる。したがって、量子ビットで情報を表現し、「重ね合わせ」状態を壊さないように演算を行うことにより、複数の入力に対して同時に計算を進める処理が可能になる。これにより、すべての状態の中から求める条件に合う解を「一度で」発見することができるのである。つまり、ビット数が大きくなればなるだけ、現在のコンピュータをけた違いにしのぐ超高速な計算が可能になるのである。ただし、単純計算などでは現在のコンピュータと大差はなく、量子コンピュータが得意とするのは、同じ処理を多数回繰り返さなければいけない演算で、素因数分解を用いた暗号解読やデータベース検索など基本的に総当たりで計算しなければ解を得らなければならないようなものである。

逐次計算と並列計算の概念図

量子領域におけるNTTのR&Dロードマップ - 量子操作技術の進展と量子コンピュータへの応用

ノーベル物理学賞を受賞したRichard P. Feynmannが、自身の講演や論文の中で量子コンピュータの可能性について述べているように、量子状態をコンピュータに利用しようということが考えられはじめたのは1980年代である。量子力学の性質を利用して、従来のコンピュータ(古典計算機)ではできない計算を行える量子コンピュータを実現するために、世界の研究機関でさまざまな研究開発が進められている。

NTTでは継続的に培われた微細構造作成技術と高速パルス測定技術により2003年には半導体電荷量子ビットによる一量子ビット演算に世界に先がけて成功している。

このように20世紀初頭に登場した量子物理の出現に対して、20世紀末から現在に至るまで、NTTは以下の図に示すように量子状態の操作にかかわるさまざまな技術を確立してきた。

量子操作技術の進展と量子コンピュータへの応用の説明図

パラレルな計算が可能となる量子コンピュータは、情報処理技術に革新をもたらすものとして、NTTでもさまざまなアプローチがなされている。ハードウエアでは、電気的に制御可能な半導体量子ビットとして世界で初の2量子ビット動作に成功したり、超伝導量子ビットを介してミクロな量子二準位系とマクロな共振器との量子もつれ状態の実現に成功している。重ね合わせ状態を測定すると元の状態が失われてしまうという量子力学の基本的性質を利用した量子暗号では、新しい量子鍵配送方式(差動位相シフト量子鍵配送)で、光ファイバー伝送実験を通じてその有効性を実証している。またソフトウエア面では、量子回路設計だけではなく、交換演算子だけを使った量子計算や「リーダー選挙問題」* を計算する量子アルゴリズム、量子通信に役立つ量子ビットの性質を定量的に評価など量子力学の特性を活かした革新的な情報処理研究も進められている。

* リーダー選挙問題:ネットワーク上の計算機が自律的にリーダーを決定する問題。各計算機が識別子を持つことが仮定できるなら、この問題は解くことができるが、各計算機が識別子を持たない状況下では、いかに多くの通信や計算を実施しても、有限の時間内には解けないことが知られている。

量子領域におけるNTTのR&D将来展望 - 拡がる量子活用分野への道と今後の課題

一方、基本的な量子ビットの動作が可能になっても、いまだ多くの量子ビットを使うのが難しいことも事実だ。 「固体素子は外界との相互作用が大きく、せっかくの『重ね合わせ』の状態を長い時間保つことが難しいという問題があります。これに対し、私たちが行っている二つのアプローチを紹介しましょう。すなわち(1)量子メモリーを用いた量子状態の保存(2)壊れにくい量子状態(準粒子)を用いる---です」

すでにNTTは(1)に対して、ダイヤモンド結晶の中に無数に存在する窒素原子と空孔(原子の抜けたもの)からなる複合欠陥(NVセンターと呼ぶ)を量子メモリーとして動作させた。このダイヤモンド結晶を超伝導量子ビットと結合させ、超伝導量子ビットの情報をNVセンターに移し、さらに量子ビットに読み戻すというハイブリッド系の量子状態制御に世界で初めて成功している。(http://www.ntt.co.jp/news2011/1110/111012a.html(別ウインドウが開きます)

ハイブリッド量子システム(量子メモリ)の概念図

また(2)に関して、最近、三つ編みのように絡み合った「トポロジカル」な量子状態を用いることにより、エラー発生率が非常に低い量子計算が可能であることが提唱されている。しかし、このような「トポロジカル」な量子状態を制御できる技術はまだ確立していない。NTTでは、ある種の半導体素子において、このような量子状態を生成し、制御できる可能性を示すことに成功した。ねじっただけの髪の束はすぐにほどけてしまうのに対して、三つ編みは簡単にはほどけない。トポロジカルな状態というのは、この三つ編みに似たものであると言えばイメージしてもらえるだろうか。(http://www.ntt.co.jp/news2012/1201/120126a.html(別ウインドウが開きます)

トポロジカルな安定性を示す概念図

トポロジカル量子計算のイメージ

最後に山口は、NTTの量子情報処理に関する研究開発について以下のように語ってくれた。
「新たな科学や技術創出のために、"量子"をいかに"使うか"を研究することは非常に大切です。量子的な"パラレル世界"という豊富なリソースを活用することが、量子の持つ可能性を最大限に引き出すことにつながります。幸いNTTは電気通信を核に、広範な先端研究を進める専門家が一堂に会し、同時に高精度の微細加工や高純度結晶の薄膜成長など、実際のものづくりを担う人材の懐も深い…。そんな人材や研究成果の蓄積を総動員しながら、相互に刺激しあい協力しあいながらR&Dを進めていけます。さらに研究員はチャレンジ精神を持って、目先の結果ではなく、新しい大きな分野ができるような研究を続けていく姿勢が必要です」

NTT物性科学基礎研究所 量子電子物性研究部 部長 山口 浩司

取材協力

NTT物性科学基礎研究所 量子電子物性研究部 部長
山口 浩司 (上席特別研究員、東北大学客員教授)

NTT物性科学基礎研究所のHP(別ウインドウが開きます)



※1 図版出典について

Reprinted figure with permission from K. Kanisawa, M. J. Butcher, H. Yamaguchi, and Y. Hirayama Phys. Rev. Lett. 86, 3384 (2001)

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