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研究開発マガジン

研究者の見る夢 VOL.1 バッハが紡ぐ暗号研究

NTT情報流通プラットフォーム研究所 岡本特別研究室長  NTTフェロー 岡本龍明インターネット上の商取引やプライバシーを守るために、非常に重要なのが「暗号技術」。
その暗号技術をテーマに研究開発しているのが、岡本龍明特別研究室長。その研究は、研究室を使って実験・検証を行うものではなく、頭の中で行われる思索そのもの。NTTの中でも特異な研究スタイルをする岡本に研究について、そして彼が抱いている夢について聞いた。

理論だけでなく、役立つものを研究すること

岡本は、短期的、長期的な両方の面から暗号を研究している。

「短期的には、数学的に安全性が保障されていて、かつすぐに使える暗号を開発する、ということ。そして長期的テーマは、すぐに実用化されるものではなく、20〜30年後を見越した研究。量子コンピュータが出現しても、安全だという暗号『量子公開鍵暗号』の開発もしています。どちらも大切なことですね。」

暗号を開発するようになったのは電々公社(現NTT)入社してから5年目の1982年のことだった。

「トップダウンで、『電々公社としても暗号研究をやらなければならない』とお達しがあり、3人ぐらいのメンバーが召集されたんですよ。元々、応用数学をやっていたので、すんなりと入れましたね。」

その後、現在もICカードなどに実現されている暗号技術を開発、多くの論文を発表、現在では情報流通プラットフォーム研究所で特別研究室長を務める。研究といっても、研究室で実験を繰り返すのではなく、ほぼ思考だけによるもの。

「アイディア一発勝負ですね。どうやっていいアイディアを出すかというところが勝負どころ。机の前に座ってうなっていても、いいものは出てきませんからねぇ・・。私の経験からいえば、電車に乗って、窓からぼんやり眺めているときに思いついたり。夜中に目が覚めてぱっとひらめいたり、むしろそういうときのほうが多いですね。それを、実際に証明していくというときは、机に向かって紙に書いていきます。

研究といっても、プロジェクトを組んで何かをやっていくものではないです。ただ、一緒に議論して共同研究をすることは多くあります。」
数学というのは非常に基礎研究であるが、岡本が所属するのは、応用系の研究所である。

「私の所属するのは、基礎研究とは違う応用系の研究所。まわりが応用系の研究の中にいて、ほぼ我々だけ、理論をやってたんですよ。この立場というのは心地よく、論文なんか書いていると、なんとなくまわりから賢いんじゃないかと思われたりして(笑)理論と実用両面を見た研究というのが私の中核になるものだと思います。単に理論をやるだけでなく、何か社会に役立つことをやりたい。そこが、大学で研究しているのとは違うところだと思います。昔読んだ本の中に、『理論的なことをやっているときは、常にその応用を考えましょう。実用的なことをやっているときは、それをどうやったら理論的に説明できるかを考えましょう』というのがあって、そういう精神をもっていきたい。」

バッハを聞きながらの論文作成

寝ても覚めても頭の中でずっと研究テーマを考えていることもあるそうだ。

「いい仕事ができるときって、寝ても覚めてもその問題が頭から離れないようになっているような状態。この問題を世界中で自分以上に考えている人はいないな、っていう状態になったときに、そこで解決策が見えてきたりしてくる。夢に数式が出てくるようになると、それが最高値(笑)
目が覚めるころに、ぽっとアイディアが沸くこともある。私の場合、目が覚めてすぐくらいが一番クリアな状態。そのままベッドの中でボーっと考えているのが一番、頭の回転がよい。そこで、そのまま考えを展開していく。

趣味は、音楽鑑賞。クラシック専門。

「10年くらい前、ニューヨーク郊外にいたころは、毎週のようにオペラやコンサートを観にいったりしていました。贅沢でしたね。ただ、オペラを観ながらも、頭の中で理論を考えていたりしてね(笑)。
バッハが好きで、論文を書いているときは、いつもバッハを流しているんですよ。数学者っていうのはコーヒー好きが多くて、ある数学者が、『数学者は、コーヒーをインプットして、論文をアウトプットする機械である』と言ったんですが、私の場合は、バッハをインプットして、それを論文にアウトプットしているようなものですね。(笑)」

研究者にとって大切なのは「テイスト」

研究者として一番大切なことを聞くと「テイスト」との答えが返ってきた。

「我々の研究というのは、自分でテーマを決めることが多くて、どういうテーマを選ぶか、どういう方向性をもって研究するか、をというのは自分で決める。いい研究というのは、ある意味、未開拓で、まったく先が見えないもの。そういうときに、この先にいいものがあるんじゃないか、とか見分ける動物的勘。これは美しいとか美しくない、という美的感覚、そういうのをまとめたのが『テイスト』だと思います。頭がいい人が必ずしもいい研究をできているわけじゃない。いい『テイスト』をもった研究者がいい研究をできるんだと思います。」

そんな岡本が気分転換のひとつとして楽しんでいるのが、お酒を飲むことだ。

「結構、お酒が好きで、仲間とお酒を飲むのが好きですね(笑)。一人で研究することが多いので、みんなでワイワイ飲むことがいい気分転換になるんですよ。」

子どものころからの夢、そしてこれからの夢…

そんな岡本だが、実は子どものころから、科学者になることが夢だった。

「小学校の低学年から、科学者が夢でしたねぇ。科学者の偉人伝、特にニュートンの偉人伝に影響を受けました。それに、我々の世代は『鉄腕アトム』の世代。お茶の水博士みたいな科学者に憧れがあったんです。(笑) 大学で修士課程までやって、大学の研究だとあまり理論的すぎたので、もう少し社会に役立つことがやりたいな、というので社会に出ようと思って電々公社に入社したんです。」
子どものころの夢をいまだにもっている岡本にとって次なる夢がある。

「ライフワーク的に考えているのが、P≠PN予想といわれる問題。これはクレイ研究所(別ウインドウが開きます) がミレニアム懸賞問題として発表し、100万ドルの懸賞金がかけられている数学上の7つの未解決問題のうちのひとつです。 この問題、実は暗号理論の根本にかかわる問題なんです。その解決に向けて少しでも貢献したい、というのが私の夢です。」

最先端の暗号研究は、バッハの音楽、そして仲間との楽しいお酒によって進んでいくのだろう。

岡本龍明
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