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研究開発マガジン

研究者の見る夢 VOL.9 操作性や習熟度に縛られず、誰もが簡単にICTのメリットを享受するために・・・。

NTTサイバーソリューション研究所 メディアコンピューティングプロジェクト 研究員 博士(工学) 宮田 章裕タブレット型端末の登場などで電子書籍が注目されているが、伝統的な紙媒体には、気軽に手にとって扱うことができるハンドリング性の高さやブラウジング(パラパラめくり)のたやすさなどまだまだ優れた点がある。さらに、そのことによって全体の流れや雰囲気を把握したり、偶然の発見があったり・・・。情報のデジタル化が進んだ現在でも、情報源としての活用性は極めて高い。そこで、「旧来の紙媒体に手を加えることなく、背後でデータベース化されたデジタルコンテンツと連携させることができないだろうか?」そんな発想から生まれた仕組みが『Kappan(カッパン)』である。

その誕生背景や研究者としての姿勢などについて話を聞くために、NTTサイバーソリューション研究所 メディアコンピューティングプロジェクトに宮田章裕を訪ねた。

現代版グーテンベルクを夢見て

「Kappan」のシステム構成図(クリックすると拡大画像を表示します) 『Kappan』は、あらかじめデータベース化された書籍などの紙媒体のあるページに携帯電話のカメラをかざすだけで、その書籍やページに関連づけられた動画や写真などのデジタルコンテンツを検索して閲覧することができる、という技術だ。つまり、オリジナルの書籍にQRコードのような2次元コードを記載したり、後から手を加えたりすることなく、紙媒体そのままの部分画像からその書籍のタイトルやページを特定して、データベースから関連づけられた動画や写真などのデジタルコンテンツを提示するものである。

「常に新しいものが創れないか、と考えている」という宮田。彼が『Kappan』を発想したのは、「ますます進化するICTの中で、キーボードなどの操作に不慣れな人たちにも、その利便性や楽しさを享受してもらいたい」という思いからだった。

15世紀にヨハネス・グーテンベルグが活版印刷技術を完成させたことで、それまで一部の富裕層に独占されていた書物が、一般の人たちにも手が届くものになった。そこで、より多くの人たちが「知」を享受できるようになり、知識の社会的共有が一気に加速され科学革命の土台となった。紙媒体とデジタルコンテンツのスムーズな連携を可能にするこの技術は、世界史を変えたこの革命的出来事にあやかりたいという願いを込めて、「活版」の音から『Kappan』と命名された。

「単にICT機器の操作に不慣れということだけで、ICTの多大なメリットを享受できないという不利益が生じないように・・・慣れ親しんだ書籍などから手軽に新たな知識を得られるような、よりユーザインターフェースの簡易なものを創りたかったのです」

もっと手軽に「技術と人」をつなげたい

『Kappan』誕生の起源は、研究所内でユニークな発明をプレゼンテーションする『デモ大会』だった。宮田は、紙媒体とデジタルコンテンツの連携という発想をカタチにして実証したいと思ったが、発表までわずか3週間。フリーウェアの日本語OCRソフト、WEBカメラとディスプレイによる仮想的な携帯電話環境など、身の回りにあるものだけを使ってデモ環境の構築を進めた。デモ大会では、書籍の任意の部分にカメラをかざしただけで、データベース化されたコンテンツがすぐに表示された。「百聞は一見にしかず」といわれるように、彼が目指したかった世界はすぐにデモンストレーションを見た研究者に理解された。

宮田社員 大学院では、脳波計を装着することで相手と感情を伝え合うことができる遠隔コミュニケーションシステムなどの研究をしてきた。就職に際してNTTを選んだのは、研究開発領域の広さと深さに惹かれたからだという。

「学生時代からヒューマン・インターフェースを研究してきましたし、誰もが簡単にマニュアルや難しい操作なしで扱える体験型のインターフェース技術開発は自分のライフワークのひとつです。でも心根にある強い想いは、より広義の"伝わる喜び"です。だから、もっとやさしく"技術と人をつなぐ"ことができる何でも屋的な研究者になりたいですね」

いつも視野を広げていたいという宮田は、街を歩く際も色々なものの外観に目がいくという。 「格好良いと見えるものには理由があります。その理由を考えるのが好きですね。感性を磨くことはインターフェースを研究する者にとっては非常に大切なことです。NTTでは多様な研究分野がありますが、自分の感性を磨いて探求心を持って何でも楽しめる研究者にとっては、どの分野でも活躍できる職場だと思います」

活用される裾野の拡大に大きな期待

『Kappan』の開発に当たって、紙媒体を携帯電話で撮影した際の手ぶれや画像ノイズによる誤認識をなくし、さらにページの特定化の精度を上げる必要があった。そこで宮田は、読まない方向の文字列で特定するという「2次元文字ブロックキー抽出」という手法をとった。例えば、横組みの文章であれば、読まない方向(=縦方向)の文字の並びという各ページに固有な手がかりを用いて検索することで、撮影個所を瞬時に高精度に特定できるようにしたのだ。

「横書きの文章における縦の文字列とは、改行やレイアウトによって偶然にできた並びですので、日本語として意味をもたない文字列となります。だからこそ固有性が高く、小さな断片情報からもオリジナルページやその位置を特定しやすくなるわけです」

宮田社員

『Kappan』の改良は日々続き、OCRエンジンも定評のあるものに置き換えるなどして、検索〜特定精度も一層アップした。現在のテーマは、スキャンした既存紙媒体データのKappanデータベースへの登録の自動化であり、近い将来の商用化に向かってさらなる改善を進めている。旧来の紙媒体とデジタルコンテンツを連携させる『Kappan』は、商用化の進展の中でさまざまなシーンでの利用が想定できる。

紙に印刷された従来の書籍が扱える情報は、テキストや図版、写真などの静的なコンテンツに限られていた。しかし、背後のデータベース上に、紙媒体と関連づけたリッチコンテンツを載せておけば、携帯電話を介して、どこからでもそれを簡易に閲覧することができるようになるのである。例えば、教科書に映像や補足情報を表示して、自宅学習の理解度を向上させることも可能だ。医学書などから、部位の画像や病変の様子、施術の画像などを参照することもできるだろう。また旅先では、ガイドブックから各地の実際の映像や体験談にアクセスしたり、広告やカタログでは、いま現在の価格や在庫、クチコミ情報、動画コマーシャルなどを表示したり・・・。情報の閲覧だけではなく、物語の気に入った部分にコメントしたり、その舞台となった場所の写真を投稿したり、紙媒体とリアルタイムで豊かな情報をリンクさせたりすることもできるようになる。電子書籍の趨勢が高まる中でも、既存の紙媒体や歴史的印刷資料とデジタルコンテンツを連携させるユニークな『Kappan』の活躍場所は広がっていきそうだ。

人生の豊かさを支援する仕組みづくりを

修士課程修了後入社した宮田は、先輩研究員との交流の中で自らの研究者としての基礎能力不足を痛感したという。そこで入社翌年の2006年春、在職したまま後期博士課程に進学することを決意した。上司もそんな彼の向上心を認め、仕事との両立を快く支援してくれた。

「きっちり2年間で修了すると決め、"午前中の頭脳"を最大限に活かそうと、毎朝4時に起きて2時間勉強してから7時に出社しました。時間的制約がある中で、実験や論文も短期間でまとめなければなりませんでした。特に冬の4時起きはかなりきつかったのですが、上司や同僚、大学の後輩など、多くの人たちの理解と支援に助けられたことに感謝しています」

また多忙を極めたこの時期に、職場ではカナダからの海外実習生のトレーナー役をも担った。
「トレーナー役は自分の時間を削(そ)がれるのではないか、という懸念もありました。しかし、実際には得たものも大きく、自己に潜在するノウハウや知識などの顕在化と再整理を図ることができ、自分自身の成長にも役立ちました」

宮田は入社以来何度か社内外で表彰されているが、「晴れがましい気持ちが持続するのはわずか数時間だ」と語る。逆に「さらに、もっと良いアプローチがあったはずだ・・・」とか「もっと良いアウトプットが出せたのではないか?」と反省することが多く、次へのステップアップにつなげようとしている。

宮田社員

「いま、電子ブックとネットワークの連携などを巡って、社内横断的なチームで開発を進めています。これからも、人の体験的な行動と整理された知識を架け橋するようなサービスの芽を、大きく育てていきたいと思っています。いまや情報の出入り口はPCだけに限られません。もっと実生活に近いリアルで直感的なインターフェースで、求める情報にアクセスできる仕組みを生み出していきたいですね。日常生活の中で必要な行動を通じて、簡単に技術進化のメリットを享受することができ、その結果として人生の幅や楽しさが広がる・・・そんな世界の実現を、支援していきたいのです」

趣味は研究と言うほど探求心旺盛な宮田だが、実はピアノ歴、ギター歴ともに10年。高校時代からDTMで音楽制作をこなし、プレゼンテーション画像のBGMも自作するほどのこだわり派だ。今秋には、自らの披露宴で友人と組んだバンドを率いて弾き語りを披露するなど、研究以外でも積極的な一面を見せた。

宮田 章裕 サイバーソリューション研究所 メディアコンピューティングプロジェクト 研究員 博士(工学)

2005年慶應義塾大学大学院理工学研究科 修士課程修了後、NTT入社。入社後も博士課程の勉強を続け、2008年に慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程を修了する。NTTではサイバーソリューション研究所配属となり、主にヒューマン・インターフェース、対人コミュニケーション、ソーシャルメディアの研究開発に従事する。また、社外情報発信・社内コミュニティ活性化にも取り組む。
2007年度情報処理学会山下記念研究賞、インタラクション2010ベストペーパー賞などを受賞。2007年CC総研研究開発奨励賞、2010年SL研論文賞などの社内表彰も受けている。

趣味:テニス、ギター演奏、DTMなど

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