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研究開発マガジン

研究開発の歴史 1970年 光ファイバ 光ファイバケーブルの研究開発の開始

高速・大容量通信時代を支える光ファイバケーブル

1970年代から本格化した光ファイバの研究開発。現在では実用化段階を越え、究極の光伝送媒体ともいえる超低損失光ファイバの登場など、高速・大容量化の段階を迎えている。光ファイバを用いた光通信は、それまでのメタルケーブル、同軸ケーブル、マイクロ波を用いた通信に代わるだけでなく、今日のブロードバンドサービスの原動力ともなったのだ。

1970年は光ファイバのビックバン

1966年、導波路構造を持たせた特殊なガラス体が低損失な伝送媒体となる可能性を示唆する理論研究を、カオ博士らが発表。その4年後の1970年。米コーニング社がこの理論検討をもとに開発を進めた光ファイバの製造を発表した。コーニング社が発表した光ファイバは、実際には非常にもろく、実用化にはまだ多くの課題が残されていたにもかかわらず、世界の注目を集めた。それというのも、その光ファイバは20dB/kmというほぼ理論予測通りの低損失値を達成していたからである。そして、これを契機に各国の研究機関や企業が光ファイバの研究に没頭していくのだった。

低損失光ファイバの実現と開発競争

VAD法の母材(左)と母材からつくられた光ファイバ(右)

1970年代以降に本格化していく光ファイバの開発競争だが、これは、当時の電話回線の需要拡大に伴う通信設備の大容量化へのニーズとも合致した。そして、その競争は低損失で量産性の高い光ファイバの開発という課題を中心に激化していく。その一翼を担っていたのが米ベル研究所だ。
ベル研究所は、1974年にはMCVD(内付気相堆積)法を開発し、光ファイバの量産化に取り組んでいく。一方、日本ではNTT(当時の日本電信電話公社)の茨城電気通信研究所が1977年にVAD(気相軸付け)法を開発し、純国産技術による光ファイバの量産を成功させた。
そして、1979年、世界に先駆けてNTTは光ファイバの損失値0.20dB/kmを実現。1986年には理論限界値に迫る0.154dB/km、さらに2002年には0.148dB/kmという超低損失値を住友電気工業が達成するなど、NTTを始めとする国内企業が世界記録を独占していくこととなった。なお、0.15dB/kmという値は、光ファイバに入射した光のパワーが半分になるまでに20kmの伝搬距離を要するということを意味している。しかも、NTTが開発したVAD法は量産性に優れており、1981年には継ぎ目なしで100km長以上の光ファイバの製造に成功するほどだった。

光ファイバケーブルの実用化にむけて

光ファイバの低損失化開発が進む一方、光ファイバを実用化するためのケーブル構造化や光ケーブル同士の接続方法など、周辺技術も順次開発されていく。1978年には、台東区と目黒区を光ファイバケーブルでつなぐ本格的な現場試験が開始されることになる。この結果を踏まえて1981年には伝送容量32Mbit/s(電話480回線分)、および100Mbit/s(電話1440回線分)の伝送方式が実用化された。その後、伝送容量は順次拡張され、現在では40Gbit/sを達成するほどになった。光ケーブル化は当初中継回線から始まったが、1985年には旭川から鹿児島までを縦貫するネットワークへと発展し、1989年には太平洋横断海底ケーブルシステムを完成させた。
このように、光ファイバケーブルをはじめ、高速・大容量光通信システムの普及にNTTが積極的に取り組むことで、日本のみならず、世界の光ファイバ産業をリードしていったのだ。

一般家庭での光通信の普及

2001年、一般家庭での光ファイバを使った光通信であるFTTHが、Bフレッツサービスとして開始された。当時の伝送速度は、ISDNを使った160kbit/sが最速だったが、これに対しFTTHは100Mbit/s。その圧倒的な速度差は人々を驚愕させることとなる。しかし、ほぼ同時期に始まったADSLの方が導入の簡単さも手伝って一般家庭を中心に急速に普及していくことに。
しかし、その後のインターネットの普及や映像配信サービスの開始など、ブロードバンドサービスの拡大に伴いBフレッツサービスは順次拡大、2007年3月には加入者数でADSLをFTTHが追い抜いた。2008年3月には、他通信事業者を含む日本全体でもFTTHは1215万となり、xDSL1270万に迫る勢いである。現在のBフレッツサービスは、ひかり電話(IP電話)、インターネット接続、映像配信のトリプルプレイを提供。今後、さらに高速な伝送方式の標準化が進められており、より高速で多様なサービスが提供されていくに違いない。

さらに進化を続ける光ファイバ

従来の光ファイバケーブル(左)と折り曲げ可能な光ファイバケーブル(右)光ファイバの潜在能力は更なる可能性をまだまだ秘めている。例えば、異なる波長の信号を束ねて伝送する波長多重技術を利用することで、わずか1本のファイバで20Tbit/sを超える伝送容量の実現が可能だ。これは、1ユーザあたり100Mbit/sのサービスを提供しても20万ユーザをまかなうことができる伝送容量である。

他にも、ファイバを構成するガラスに希土類元素を添加することで、光ファイバ中の光信号を直接増幅する光増幅器を実現できるなど、多様な機能を持たせることも可能である。
特に、この光ファイバ増幅器は、光ファイバの伝送距離制限を大幅に緩和でき、現在では、さまざまな光通信システムで積極的に光ファイバ増幅器が使用されている。さらに、最近では、光ファイバの弱点でもあった曲げの弱さを克服したユーザ宅内配線用の光コード「空孔アシスト光ファイバ」も開発。従来の光コードでは、コードを2つに折りたたんだり結んだりすると通信光が減衰・遮断されていたのだが、この新開発のコードでは自由に曲げたり束ねたりでき、メタル線並みの使いやすさを実現した。1970年の光ファイバのビックバンから40年近い歳月を経た現在、光ファイバはさらなる進化を続け、より使いやすく、より便利になってきている。

写真提供:逓信総合博物館

1970年のできごと

  • 3月 日本万国博覧会(大阪万博)開幕
  • 3月 日本航空機よど号ハイジャック事件発生
  • 4月 アポロ13号打ち上げ
  • 10月 ロッテ、10年ぶりパ・リーグ優勝
  • 11月 三島由紀夫、市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部にて割腹自殺
<流行り>
不燃内装材/ミニチュアカーの収集/スタントマン/SL(蒸気機関車)/不幸の手紙
<流行語>
ハイジャック/ウーマン・リブ/スキンシップ/鼻血ブー/ドバッ/内ゲバ/おぬしやるな/やったぜセニョール/モーレツからビューティフルへ/隣の車が小さく見えます
<ベストセラー>
冠婚葬祭入門(塩月弥栄子)/スパルタ教育(石原慎太郎)/誰のために愛するか(曽野綾子)
<映画>
[日本映画]
『ガメラ対大魔獣ジャイガー』『戦争と人間』『家族』
[海外映画]
『続・猿の惑星』『イージー・ライダー』
<流行歌>
「今日でお別れ」菅原洋一/「笑って許して」和田アキ子
<物価>
タクシー(初乗り)130円/理髪料555円/ビール140円/たばこ(ピース10本)50円/新聞購読料月決め750円
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