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研究開発マガジン

研究開発の歴史 1985年 管路建設のための独自の長距離曲線推進工法『エースモール』 スムーズな通信を支える伝送路を築くための技術革新と進化 後編 〜アクセス系ケーブルの通り道を築く〜

今回は、情報ライフラインの形成と安定した運用を巡る通信土木技術の革新と進歩の足跡をたどる第二弾として、通信センタビルから一定数のユーザーエリアまでを結ぶ「岐線(きせん)ケーブル」とそこからユーザのビルや建物に引き込まれる「配線ケーブル」などのアクセス系ケーブルの流れと共に、それらを収容する「管路」のNTT独自の建設技術の歩みにフォーカスしていきたい。

ケーブルの誕生とともに管路が登場

各電話局からまとめて敷設された岐線(きせん)ケーブルを、それぞれの加入者宅向けに分岐するポイントである配線点(き線点)まで運ぶ地下の通り道が「管路」である。日本における地下管路建設は、すでに一世紀以上の歴史を誇っている。1896(明治29)年にそれまでの裸線から、表面を絶縁体で被覆したケーブルが登場したことに端を発しているのである。

とはいえ、当時地下管路の整備には多額のコストが必要だった。そこで岐線ケーブルは架空にされることが多く、管路が設けられた区間は一部のユーザ密集地域に限られていた。しかし、ケーブルの多対化や架空線路の強度化、さらに都市の景観上の問題などから、地下化の範囲は逐次的に拡大していくこととなった。

一方、通信ニーズの高まりを背景に全国に交換局が設置されていく中で、市外回線も拡大していった。そこで、1922年には、それまで地表を直に掘って埋められていた東京〜神戸間の直埋ケーブル区間約600kmの中で、東京・大阪・名古屋などの大都市部では管路への置き換えが図られていった。

ちなみに、1897年の地下ケーブル布設から1953年にウインチを装備した自動車を導入するまで、ケーブル布設作業はすべて人力で行われていた。そして1977年、建設技術開発室にはケーブルドラムの積載やケーブルの繰り出し機械を装備した地下ケーブル繰り出し車などの布設専用車両を実用化し、安全性の向上や布設作業の省力化がもたらされた。

管路材の変遷:強度とコスト、施工性の追求

地下管路1896年のケーブルの誕生を契機に地下管路が誕生したことは、先に述べた通りである。その区間は、東京・麹町区銭瓶町(現在の大手町)の電話局と日本橋区浪花町(現在の日本橋富沢町)の浪花局間、約2kmを結んだエリアだった。その後、通信需要拡大の中で、次々と管路建設が進められていったのである。

当初、管路には鋳鉄管が用いられていたが、その政策には相応のコストが必要だった。そこで需要拡大に伴って、陶管や陶製の細長い樋状の線路収容材であるトラフ、コンクリート管、石綿セメント管などが導入されていったが、依然として1950年代半ばまでは、鋳鉄管が管路のメインだった。

1953年に入ると、強度や作業性に一層優れたジュート巻鋼管が登場した。これは鋼管に麻布を巻き、その上にアスファルトをコーティングしたものだ。さらに1966年になると高質ビニル管が本格導入され、経済性や作業性が格段に向上した。他方、鋳鉄管はその特性から、電磁誘導対策が求められる場所での活用が続けられたが、成分のラファイト(黒鉛)形を球状にすることで、従来の普通鋳鉄(ネズミ鋳鉄)よりも強度や延性が強化されたダクタイル鋳鉄製に変更された。

管路建設にイノベーションを起こす

前回、とう道の項でも述べたように、管路においてもその工事は地表を掘削してケーブルを納める管を埋める開削工法から、地中を掘り進む非開削工法へという移行が進められた。開削工法による管路埋設工事は、長期間の工事による交通渋滞、騒音、振動などで、生活環境や社会活動に影響を与えていたため、非開削工法への転換が必要不可欠であったのである。

早い時期から非開削工法の技術革新に取り組んできた電電公社(当時)は、1970年に小断面シールド工法の研究を開始した。

その成果は、1974年に小断面シールド工法「M-1」に結実。しかし、鉄筋コンクリート管推進工法のため、長距離・曲線施工等の問題があった。その後1985年には、全自動で長距離曲線推進を実現するM-2工法「エースモール1200M-2」の開発・実用化を達成した。さらに1988年に開発された地中探査レーダ「エスパー」と併せて、地下通信建設に大きなブレイクスルーをもたらしたのである。
ちなみに「エースモール:ACE MOLE」とは、“ Automatic Controlled Equipment(自動制御装置)”の頭文字と、開削することなく地中で地盤を掘削しながらトンネルを掘ることから連想される「モグラ(Mole)」を組み合わせたネーミングである。

従来下水道工事などでは、レーザ光を利用して位置を計測しながら掘る非開削推進機が活用されていた。しかし、水の自然流下のために一定の傾斜を設ける必要がある下水道の場合、マンホールとマンホールの距離は約50m程度であった。これに対してエースモール工法は、250mというマンホール間の長距離化を実現。しかもレーザ光の直進性を用いるために、直線的な施工しかできなかったそれまでの方法と異なり、地上の道路形状への追随や埋設物の回避などのための曲線施工を可能にしたのである。

電電公社(当時)は、建設技術開発室(現アクセスサービスシステム研究所)が開発したエースモールを、社会の公器として広く社外にも開放するべきであると考えた。すなわち、その成果を電気通信関連の工事事業者はもとより、下水道工事など小断面シールド工事の自動化が求められるあらゆる現場と共有することを目指したのだ。そこで、1985年のNTT民営化後の通信自由化と軌を一にして、1987年には通信土木分野においてもエースモールやエスパーを新生NTT本体から切り離し、機器のレンタルや施工、管路診断や非破壊検査、コンサルティングなどを担う独立した企業としてアイレック技建(株)を設立したのである。さらに1992年、通信建設会社をはじめとする関連企業参加によるエースモール工法協会も結成され、エースモールは社会基盤形成を支える公的な存在としての色彩を、さらに強めていったのである。

施工精度アップを実現する さまざまな手法を開発

常に地下を掘り進む推進機の正確な現在位置を地上から確認することができる点も、エースモールの大きな特長だ。「電磁法」と呼ばれるこの手法は、機器本体先端の「先導体」に装備したコイルに電流を流して磁気を発生させ、地上から等間隔に設置された2つのコイルでその磁束をとらえることで、正確な位置を測定するというものだ。

また、地上の液体タンクと機器本体をパイプで結び、サイホンの原理による圧力変化をセンシングする「液圧差法」によって、リアルタイムな深さを把握することもできる。

さらに、レーザ光の直進性を利用して施工における正確な直線を割り出していたために、曲線的な施工が困難だったという従来工法の弱点も克服。一定間隔でプリズムユニットを配置し、レーザ光を屈曲させることによって先導体の位置を高精度で計測する新たな曲線位置計測システム「プリズム位置計測技術」も開発された。
エースモールはこれまで、関東ローム層などの粘土質地盤に対応したコンパクト型の「PC-10」、同長距離用の「PL-30」、さらに砂礫地盤に対応したコンパクト型の「DC-15」、長距離用の「DL-35/50/70」、振動させながら掘削していく「VLシリーズ」などが、次々と生み出されてきた。ちなみに型番の「PC」は”Press Compact”、「PL」は”Press Long distance”、「DC」は”Discharge Compact”、「DL」は”Discharge Long distance”、「VL」は”Vibration Long distance”を示し、後ろの数字は施工口径を表している。

エースモール工法はグローバルな注目度も高く、地下公共施設の非開削技術の普及と向上のための国際団体であるISTT(International Society for Trench less Technology:国際非開削技術協会)から1990年度のグランプリである「NO-DIG賞」を贈られている。「NO-DIG賞」は前年度中に開発された地下公共設備の非開削施工技術に対して与えられるものであり、当時最新の技術であった「エースモールDC15M工法」が最も優秀かつ進歩的であると認められた。またNTTでは1988年度と1999年度にも「NO-DIG特別賞」を贈られている。

さらに都市の景観や安全にも貢献

NTTの地下基盤設備は光ファイバの登場により、新規に設備を増やすことよりもアクセス系光サービス展開への需要忍耐力や長期的な設備の安定性が求められるようになってきた。しかし、現代日本の社会的な要請によって架空ケーブルの地下配線化も進められている。

従来、管路を通された通信ケーブルは配線点(き線点)で配線ケーブルに分岐され、電柱に引き上げられ架空にされて最終的なユーザのビルや建物に引き込まれるケースが多かった。しかし2004年4月、国土交通省と関係省庁、NTTをはじめとする関係事業者は電線類地中化推進検討会議を開催し、無電柱化を推進するための計画として「無電柱化推進計画」をまとめた。これは電柱やその上に張り巡らされたケーブル類が都市の景観地やバリアフリー化を妨げてしまったり、あるいは通行や消防活動を妨げたり、また台風・地震等の災害時に倒れた電柱や切断されたケーブル類などによる二次災害を招いたり・・・、といった危惧(きぐ)を払拭しよう、という狙いによるものだ。そこで、地下配線管路に分岐管を設け、そこからの引き込み管を通じて配線ケーブルが直接ビルに引き込まれるようになったのである。

以上、2回にわたって見てきたように、社会インフラである通信ケーブルを、各ユーザまで確実に届ける通信基盤技術の向上は通信事業者の社会的責任である。その効果的な施工と安定した運用を継続するための努力や技術革新が、通信事業の開始以来現在に至るまで綿々と続けられているのである。普段何気なく電話をかけたり、インターネット利用したりする際にも、そんな歴史を思い起こしていただければ幸いだ。

1985年の主なできごと

  • 3月 『科学万博・つくば’85』(「人間・居住・環境と科学技術」をテーマ)開催
  • 4月 日本電信電話株式会社(NTT)、日本たばこ産業(JT)設立
  • 4月 イギリスで狂牛病(BSE)が報告される
  • 6月 豊田商事事件
  • 8月 日航ジャンボ機が墜落
  • 9月 ニューヨークで行われたG5で『プラザ合意』を発表
  • 11月 国鉄同時多発ゲリラ
<流行り>
ショルダーホン(移動電話)/ハンディカム(ビデオレコーダ)/ハーゲンダッツ/イチゴ大福
<流行語>
「新人類」/「金妻」/「うざったい」
<ベストセラー>
女の器量はことばしだい(広瀬久美子)/豊臣秀吉(堺屋太一)/アイアコッカ わが闘魂の経営(アイアコッカ)/真田太平記(池波正太郎)/首都消失(小松左京)
<映画>
[日本映画]
『乱』、『ビルマの竪琴』
[海外映画]
『愛と哀しみの果て』、『コーラスライン』 、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
<流行歌>
中森明菜「ミ・アモーレ」/チェッカーズ「あの娘とスキャンダル」/おニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」
<物価>
国鉄最低料金 140円/都バス 160円/ビール 310円/かけそば 330円
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