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「フォトニック結晶」情報処理に超高速・低消費エネルギーを実現する、光の集積技術 NTT物性科学基礎研究所 量子光物性研究部

全世界におけるIPトラフィックは増加の一途(いっと)をたどっており、それに伴うデータセンタの拡大や情報処理の高ビットレート化の中で、ICTを巡る消費電力は加速度的に拡大し続けている。しかし、情報ノード部の信号処理に光技術を導入することで、消費エネルギーの大幅な削減や発熱問題への解決が図れる。そんな夢を現実に転じる福音をもたらす存在が、「フォトニック結晶」である。これは光メモリ、光スイッチなど、さまざまなデバイスへの応用が可能で、すでに光デバイスの小型化や大幅な省エネ化にも成功している。非常に強い光の閉じ込めや減速、負の屈折など、通常の物質では考えられなかったユニークな現象を示すフォトニック結晶によって、本格的な光集積技術への道が拓かれつつある現状を紹介する。

フォトニック結晶とは?

自然界には、電気をよく通す銅、全く通さないガラス、半導体として振る舞うシリコンなど多様な物質が存在している。このように物質はさまざまな電気的性質を示すが、それに比べると物質の光学的性質は非常に限定されていて、世の中には光の絶縁体や半導体に相当するものは存在していない。

「結晶」ということばから、水晶や雪の結晶を思い浮かべる方も多いと思うが、フォトニック結晶とは、周期的な屈折率分布をもつ光ナノ構造のことであり、特に多次元周期構造のことを指していう。人工的に光の波長と同程度の周期を持つ構造を作製し、光波がバンド状態をとるようにしたもので、その結果自然界には存在しない光に対する絶縁体に相当するものをつくりだしている。特に、その周期が光の波長程度の場合には、特定波長域の光を遮断する性質を持つようになることが最大の特徴となる。

さまざまなフォトニック結晶を同時作製した基板の外観の写真と電子顕微鏡写真 今、電気回路で処理されているマイクロプロセッサなどのチップは小型化とパフォーマンスアップの両立を目指して、ますます多層積層化を深めている。一方その内部では、電気信号転送にかかわるエネルギーコストが増大化しているのである。

「フォトニック結晶という人工光学材料によって、チップの内部に光ネットワークで培われたフォトニクス技術を持ち込み、超小型化と高集積化、低消費エネルギーと機能性という背反するさまざまなニーズを同時に満たすことが期待されているのです。従来の光技術は、光素子のサイズが大きい、光素子の効率が悪い、光素子の集積化が難しい、機能性に乏しいということで、情報ノードにおける大規模な信号処理は困難とされてきました。それを解決するソリューションが、私たちフォトニックナノ構造研究チームが開発してきたフォトニック結晶なのです」と、NTT物性科学基礎研究所 フォトニックナノ構造研究グループのリーダー納富 雅也は語る。

光の波長とマッチした構造体を築き、「光の絶縁体」を生み出す

通常の結晶は、原子の周期的な配列で構成されており、その結晶中に存在する電子には周期的なポテンシャルが働くことから、自由空間中の電子とは異なった振る舞いをする。その結果として、自然界に存在するさまざまな物質は、それぞれ導体や絶縁体、半導体などになるのである。

電子の量子力学的波動に起因するこのような挙動は、同様に波動の一種である光の場合にも、同じような効果を生んでも良さそうだ。ところが、例えばシリコンなど自然界の結晶の周期は、0.1nmレベルで、電子の波長にマッチしている。ところが100nmレベルの光の波長に対しては小さすぎるので、光は通常の結晶の周期性を感じることができない。したがって、通常の物質は、光についてはすべて導体(あるいは吸収体)となり、光を吸収せずに通さない「光の絶縁体」は存在しないのである。

これに対してフォトニック結晶は、光の波長にマッチした100nmオーダ周期の人工的な構造なので、通常の物質では不可能な光学的性質を生み出し、「光の絶縁体」を実現することも可能になる。また、通常の物質中での光の分散は、周波数(ω)と波数(k)がリニアな関係になる(ω=ck/n)。しかし、フォトニック結晶における分散は複雑なバンド構造を示し、特定の周波数領域では、導波モードが全く存在しなくなる。つまり“PBG(Photonic Band Gap)”と呼ばれるこの周波数領域では、光絶縁体として機能するのである。

光の閉じ込めを可能にし、大規模な集積化や極小エネルギーでの動作を実現

前述したように、情報ノードにおける信号処理を電気回路から光技術に置き換えれば、電力消費やそれに伴うCO2や熱の発生を大幅に抑制することができ、ICTのグリーン化も飛躍的に進む。しかし、従来の光技術では限界があった、と納富は指摘する。

「確かに、自然界で最も速い速度で伝搬する光を、小さな空間に閉じこめることは困難です。これが、光素子の小型化を阻んできた要因でもあるわけです。しかし、光の絶縁体として機能するフォトニック結晶で狭い空間をつくれば、光をそこに閉じこめることが可能になります。このような光の閉じこめ構造は、一定の共振条件を満たした光だけを閉じこめる光共振器として機能し、さまざまな光素子の基本構造となります」

旧来、光技術は閉じ込めの弱さと相互作用の小ささに弱点があった。例えば、金属ミラーは反射のたびに光が減衰し、全反射を活かしたファイバの場合にも、折り曲げ角が鋭いと光が漏れるという問題があり、それが極小化を阻んでいた。これに対してフォトニック結晶は、光が漏れる懸念がないので極小閉じ込めが実現するのである。
フォトニック結晶共振器・ナノ共振器の大規模集積の説明図
また、フォトニック結晶の光の絶縁性を利用すれば、超小型の光素子を高い密度で集積化することも可能になる。事実、納富の研究グループは、すでに2008年に世界に先駆けて超小型高Q光共振器を大規模に集積化して結合させた結合共振器の作製に成功。小型共振器をわずか2.9μm間隔で最大400個まで結合し、入出力導波路を集積化した構造が実現しているのである。

また、上記のように光を極小領域に長く閉じ込めることが実現すると、光と物質の相互作用の増強も可能になる。そこで、非常に弱い光でもデバイスを動作させることができ、レーザーやスイッチ、メモリ、受光器など、さまざまなデバイスで同様の効果が期待できる。

飛躍的な消費パワー低減とスローライトを実現

下の図は、納富のグループがNTTフォトニクス研究所と共同開発した、フォトニック結晶共振器をベースとした光メモリビットである。このメモリは、素子の光透過状態のON/OFFで1ビット情報を記憶する。

従来、このような光メモリは、数mWの消費パワーを要していたので、集積化して活用することが難しかった。しかし、フォトニック結晶共振器を用いたおかげで、2桁以上という飛躍的な消費パワーの低減を実現したのである。図の例では、わずか10μWのエネルギーで動作していることが分かる。
フォトニック結晶共振器を用いた光ビットメモリの説明図
この例は1個のメモリの動作だが、今後大規模な集積化が進めば、光によるRAM(Random Access Memory)の実現も具体的な射程に入ってくる。さらに、メモリ素子の連結を進めることで複雑な論理処理も可能になることが知られており、納富のチームはそこを見据えた動きを開始している。また、同チームではメモリだけでなく、スイッチ、レーザ、変調器などのデバイスにおいても最近大幅な消費エネルギー低減に成功している。

「もう一方における光技術の限界は、『電子回路処理は、電圧によって自在に電流の流れを制御できるのに対して、光の伝搬速度は制御できない』という問題でした。情報処理(特に論理処理)を行う場合には、往々にして信号を一旦待たせる必要が生じます。また、何らかの相互作用を行って処理を実行する場合にも、その部分だけ信号伝搬を遅くした方が効率的なのです。そこで、光の伝搬速度の制御が重要になってくるわけです」

通常の物質中での光の分散は、伝搬速度を変えることはできないが、フォトニック結晶では、分散関係を大きく変えることができる。そこで、光の伝搬速度自体の可変制が実現するのである。ここに着目した納富のチームは、2001年に光速を約1/100にまで遅らせること(スローライト)に成功した。従来も、極低温の特殊な原子によるスローライト成功例はあったが、常温の誘電体構造での実現は、世界初の成果だった。また、その6年後には高性能共振器を用いることにより、光速を1/50000に減速することにも成功している。

フォトニック結晶は、そのユニークな特性によって、これまで困難とされてきた光素子の集積化や超小型(ミクロンスケール)化、高速・低消費エネルギー(fJ/bit)などの問題を解決した光デバイスを可能にしてくれる。このようなナノフォトニクス集積技術によって、「光ネットワークをSmall Worldに導入する」という夢が現実になりつつある。光物理全体のブレークスルー材料であるフォトニック結晶が、超高速・低消費エネルギーによるICTのグリーン化をドライブする日も近い。

(取材協力)
NTT物性科学基礎研究所 量子光物性研究部
フォトニックナノ構造研究グループ
グループリーダー
上席特別研究員
納富 雅也

※納富雅也上席研究員には、「研究者の夢」にもご登場いただいています。是非ご覧下さい。

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