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研究開発マガジン

[キーワードでわかる先端技術:vol.6]人間の知覚特性を利用して、バーチャルなけん引感で人を誘導する最新技術

ぶるなび地図を画面で示したり、直進や右折・左折を声で知らせたりするのではなく、「まるで、親が子の手を引くような感覚で、目的地に誘導することはできないだろうか・・・」。そんな願いから進められた新しいナビゲーション・システムの開発が、いま実を結び始めた。 非対称な振動による錯覚を利用してナビゲーションを図るこの装置は、その原理から『ぶるなび』と命名された。

外部に非固定で、モバイル端末でも引っ張られるような感覚を生成

通常人間は、視覚や聴覚、嗅覚、触覚などの感覚器官を総動員して、自らを取り巻く外界を認識している。特に目的地への移動を支援するナビゲーション・システムにおいては、地図情報と実際の建造物等を対比するなど、視覚への依存度が極めて高くなる。したがって、このような視覚依存度の高い従来のシステムでは、視覚に障がいのある人たちは利用することができない。また健常者であっても、携帯電話やナビゲーション端末などを凝視しながらの移動は、交通事故等の原因ともなりやすいという問題があった。

そこで、NTTコミュニケーション科学基礎研究所・人間情報研究部・感覚運動研究グループの雨宮智浩は、「視覚や聴覚に依存することなく、『誰かに手を引かれているような直感的な方法』で目的に導いてくれる仕組みが築けないだろうか・・・」というテーマに取り組んだ。

利用者の手を引くように、ある方向にナビゲートするためには、外部に固定されたけん引装置が必要となる。しかし、それでは携帯することができないし、ロケーションを選ばない自由な移動も不可能だ。そこで雨宮は物理的なけん引力を発生させるのではなく、物体に触れた時に、その形状や硬度、重量、抵抗や運動などの情報を感知する「力覚」に訴える仕組みを考えた。「あたかも特定の方向に引っ張られているような錯覚」を生じさせるインタフェースによって、ナビゲーションを実現しようと考えたのである。

というのも、そもそも人間の感覚は、周囲の現象をそのまま正確にとらえているわけではないからだ。例えば、TVやビデオの映像は、静止画を30フレーム/秒で再生することで、それらが連続的に動いているように感じさせている。また、アミューズメントパークなどのアトラクションでは、窓の外の景色を高速で上方に動かすことで、実際には停止しているエレベーターの落下を感じさせたり、進行方向から乗客に向かって高速で光をとばすことで、乗り物のスピードを実際以上に速く感じさせたりする、などの工夫がされている。

人の感覚特性に着目し、非対称な往復運動装置を作成

一方、視覚や聴覚に対してはディスプレイやスピーカー、ヘッドフォンなど、既存の再生デバイスが存在している。これに対して、触覚には汎用的な装置がない。そこで、装置自体を作るところから始めなければならなかった。

先程も述べたように、人間は周囲の現象をそのまま正確に認識しているわけではない。そこで雨宮は、「バーチャルに『力覚』を呼び起こすための装置も、実際に引っ張られる時と同様の情報を、すべて再現する必要はないはずだ」と考えた。そこで「引っ張られる錯覚を起こすために再現すべきエッセンスは何か?」を探っていたのである。

そこで「速い動きには敏感である一方、遅い動きは知覚しにくい」という、人間の感覚特性に注目。ケースの中に重りを仕込み、けん引したい方向には速く、逆方向にはゆっくりと動く非対称な往復運動をする装置を作ったのである。その狙いは見事功を奏し、あたかも一定方向に引っ張られているような感覚を生み出すことができた。

(右のボタンでクランクの速度を変更できます)

『ぶるなび』は、直感的なナビゲーションをつかさどるものだけに、心理物理的なアプローチも必要だ。そこでは実際の人間の感覚に訴える「心理物理実験による評価(耳、眼、鼻、舌、皮膚などの五感によって行う官能検査)」が不可欠。年齢や性別等に伴う個人差やバラツキを克服するために、属性の違う多くの人たちに実験に参加してもらった。そこで得られた感覚的な反応を理論値とすり合わせながら、再度パラメータ設定に反映させ、実験と解析によるスパイラルな精度アップを進めていったのである。その過程で改良を重ねた『ぶるなび』は、現在すでに4号機に至っている。

ちなみに、NTTコミュニケーション科学基礎研究所には、錯視や錯聴など錯覚の仕組みや活用法を追求する研究者も多く、研究姿勢やアプローチ方法に対する先輩研究者たちの助言が、心理物理的な研究を進める上で大きく役立った。

障がい者支援の現場や海外でも強固なアライアンスを進める

『ぶるなび』はフランスで開催された国際学会でも発表された。ここでは、レストランのウエイターが持つ“トレイ”に『ぶるなび』を装着。新人ウエイターでも、オーダーした客のテーブルまで迅速かつ正確に誘導できるというデモを実施し、見事にグランプリを獲得した。

また、NTT西日本が実施した展示会「NTTコレクション」でも『ぶるなび』のデモを実施し、その際に京都市に注目されて共同研究が進められることとなった。現在、京都の盲学校や公共施設で『ぶるなび』を利用して、誰かに優しく手を引かれるような感覚で、人を誘導する試みが進行中である。

さらに、NTTグループの特例子会社であるNTTクラルティ(株)の協力の下に、視覚障がいのある社員の参加を仰ぎ、その意見を集約したさらなる精度向上や機能追加も予定されている。

さらに活用フィールドの拡大を目指して

実際に『ぶるなび』を手にしてみると、あたかも遠くから誰かにワイヤーで引かれているような、あるいは手の中で新たな引力が生じたかのような不思議な感触で、一定方向に引っ張られるのを実感することができる。実際には内部の重りが往復運動しているはずなのだが、継続的に一方向に引かれていく感覚があり、それがバーチャルに生み出されたものであることを忘れさせるほどのリアルさがある。

そんな『ぶるなび』の牽引感を利用できるフィールドは、ますます広がっていくはずだ。例えば、GPS情報との連動によるナビゲーションはもとより、『ぶるなび』端末を持った者同士が、磁石のように引き合ったり反発しあったりすることで、災害時などに大勢の人が同一方向に殺到する動きを分散して、効率的な避難誘導を図るなどの活用が期待できる。

またエンターテインメント分野では、釣りゲームなどで魚が食いついた時の「当たり」や、魚の種類や大きさによる「引き」を再現するなど、スポーツや体感ゲームでの活用が広がりそうだ。

今後、『ぶるなび』の機構を携帯電話に組み込むに当たっては、小型・軽量化が大きな課題となってくる。けん引力は【質量×加速度】で生み出されるので、小型化のためには振動速度の向上を図ることが求められる。または、重たいモーターを介さず電子的な制御で非対称な振動を生成することができれば、小型軽量化とともに省電力化も一層加速されるだろう。

また、端末を手に持つだけでなく、ブレスレットや指輪のように体の一部に装着すれば、さらに小さな力で同様のけん引感を生み出すこともできるはずだ。現在は一方向へのけん引力しか生成できないが、さらに前後・左右・上下など360°の立体的な方向性を実現することも、これからの開発課題である。

物理的な現象を再現するのではなく、錯覚を利用して現実と同様の感覚を生み出す『ぶるなび』は、人と人、人と外界のコミュニケーションを深化させ、バーチャルリアリティに基づいて今後の社会生活やビジネス、エンターテインメントの世界を大きく広げる可能性を秘めたものとして、いま各界の熱い視線を集めている。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所・人間情報研究部・感覚運動研究グループ
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