NTT R&Dフォーラム2018(秋)基調講演

世界をSMARTに、技術をNATURALに

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NTT取締役 研究企画部門長 川添雄彦

本記事では2018年11月29〜30日に開催された「NTT R&Dフォーラム2018(秋)」での、川添雄彦NTT取締役 研究企画部門長の講演を基に、NTT R&Dの最新の取り組みを紹介します。

川添 雄彦(かわぞえ かつひこ)

NTT取締役 研究企画部門長

B2B2Xから世界の変革へ

これまで、NTT研究所は、自社のサービスやシステムのための研究開発を中心に進めてきましたが、NTTの事業戦略がB2B2Xモデルの推進に移行してから、研究開発もパートナーの皆様との価値創造に資するものに比重を置くようになりました。これまで、数多くの皆様と革新的なコ・イノベーションを図ることができています。
例えば、2014年、三菱重工様とNTTは「社会インフラ×ICT」の連携に合意しました。三菱重工様とNTT、事業領域が異なる2つの企業が、ある技術をきっかけとして、製造業に大きな変革をもたらす発明を生み出すことができました。三菱重工様には、NTTの幅広い研究成果の中から、私たちが思いもしなかった技術に目をつけていただきました。それは、光ファイバに関する技術でした(図1)。
NTTが世界に先駆けて開発したフォトニック結晶光ファイバは、内側に「空孔」を設け、その中央に光を閉じ込め伝搬させます。空孔の直径や間隔を変えることで、ファイバ内の光の屈折率を細かく制御し、高出力・高品質の光伝送を実現しています。
この通信用の光ファイバ技術を加工用レーザに応用する、これが協業のポイントです。光のレベルは、通信用途と比べ1万倍以上と条件が違うため、新たな課題が生まれましたがそれを解決し、切断・溶接用のレーザ加工機に通信用の光ファイバ技術を転用しました。これまでわずか数メートルしか伝送できなかったシングルモードの加工用レーザ光を、数10倍も延長し伝送できるようになりました。私たちNTTだけでは見つけることのできなかった新しい価値を、三菱重工様に発見していただいた、それがまさにB2B2Xによるコ・イノベーションだと考えています。
三菱重工様との事例では、はじめは三菱重工様のビジネス課題を解決しようという取り組みでしたが、結果として製造業を大きく変革するような成果となりました。今から思えば、これが1つの世界の変革であったと思います。

図1 製造業の変革

図1 製造業の変革

SMART WORLD実現に向けたキーワード「Natural」

R&D for SMART WORLD。R&Dによる世界一、世界初、そして世界に驚きを創出するような革新的な技術を基に、さまざまなパートナーの皆様とのコ・イノベーションを通して、社会や産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)による課題解決を推進し、SMART WORLDを実現していきます。そのために、私たちは今後、さまざまな技術領域をより一層強化していきます。
国籍、年齢、バックグラウンド、多様な人々が暮らす世界で、誰もがテクノロジの恩恵を受け、DXを進めるためには、各技術をどのように進展させるべきか。私たちはNaturalがキーワードだと考えています(図2)。テクノロジがさまざまな人々の生活を周囲から自然に見守り、時に行動を効率良く支援し、時に感情に訴え、人と地球に心地良い環境を提供する世界。それはやがて、人がより人間としての価値を高めることができる世界を実現します。そのような世界の実現に向けての取り組みをいくつか紹介します。

図2 Natural

図2 Natural

感動を伝える超高臨場感通信

2018年12月1日から4K/8Kの実用放送が始まりました。この映像の高解像度化で今まで以上にTVの臨場感が増します。そして次のステップとして、時間と空間の壁を越えて、あたかもその場にいるような体験や感動をもたらす世界の実現。それが、NTTの取り組む超高臨場感通信です(図3)。
例えば、2018年3月31日に横浜アリーナで実施された「東京ガールズコレクション2018」では、ファッションショーの模様をリアルタイムで遠隔のライブビューイング会場に伝送し、多くの人にイベント会場の様子をご覧いただきました。Kirari!の超ワイド映像合成技術で複数の4Kカメラの映像をリアルタイムに自然につなぎ合わせ、観客の目の前に広がる臨場感の高い映像を表示しました。また、縦型の透明ディスプレイに流す映像や、3D・VR、タブレットにマルチアングルで流す映像は、Kirari!のAdvanced-MMT技術で絶対時間で同期表示させました。Kirari!は、まるでその場にいるような体験をあらゆる場所で感じることができる超高臨場感通信技術です。現地ならではの熱気や緊張感など、その場でしか感じることができない感覚をも遠隔地に届けます。めざしているのは「感動の共有」です。
Kirari!は2015年にそのコンセプトを発表してから、日々進化してきました。一見、擬似3D表示の部分が注目されますが、むしろ重要なのは、被写体映像や音声といった要素をそれぞれ分解し、個々に伝送した後に、伝送先の空間に合わせて再構成をすることで、よりNaturalな、臨場感のある空間を実現する点です。
あるフィギュアスケーターがトップレベルの大会で披露した演技に感動したことがあります。彼女がいろいろな思いを込めた集大成の大会で、残念ながら前半のショートプログラムで大きく出遅れてしまいました。彼女は次の日、後半のフリーで会心の演技を披露して、最終的には6位入賞となりました。あの演技を終えたときに彼女が天を仰いで涙した、その姿に感動した人は世界中でも多かったと思います。では、私たちは、あのとき、何に感動したのでしょうか。
目の前の演技だけではなく、彼女が子どものころから歩んできた道のり、大会に賭ける思い、ショートプログラムの失敗というストーリーが、あのとき、走馬燈のように駆け巡り、目の前の映像と掛け合わされたからこそ感動したのではないでしょうか。Kirari!は、さらに進化し、ただありのままに映像音声を伝えるだけではなく、過去の経緯や知識などストーリーを踏まえて、人間の感性や心理をゆさぶることをめざします。人の心にまで感動を伝える臨場感通信、これが私たちのめざしているNaturalです。

図3 感動を伝える超高臨場感通信

図3 感動を伝える超高臨場感通信

人の心を汲むAI

人間の気持ちを、Naturalに伝えるAI(人工知能)。聞く・話すAIの技術は、最近では家電製品にも取り込まれ、日常生活に普及してきました。機械とやり取りしていることを意識せず、Naturalに人間の気持ちを伝えるためには、音声対話技術の進展が不可欠です。例えば、会話の多くの時間を占める雑談についてもAIが対応することで、人間とのコミュニケーションが円滑になるため、NTT研究所でも雑談対話技術の研究開発に取り組んできました。
さらにAIシステムにキャラクター性を持たせることで親しみを増し、よりNaturalに対話可能なシステムを現在開発しています。心地良い会話を実現するために、言葉だけでなく頷きなどの動作で反応したり、相手の考えを支持する言葉を返したり、会話の内容を深めるために、関連する質問を生成するなどの機能を開発し、黒柳徹子さんのアンドロイド「totto(1)」に導入しました。
AIが周りの物や状況を認識する「見るAI」についても、よりNaturalになっていきます。これまで、NTT研究所ではロバストに画像を認識する技術の研究開発を進めてきました。例えば、少ない参照画像から確実に同一であることを判定するロバストメディア探索技術、衛星などの観測画像から変化点を瞬時に判定する変化点検出技術などです。
さらに、このたび、画像認識技術を大きく発展させる、変形対応アングルフリー物体検索技術を開発しました。AIが認識する物体は必ずしも形が変わらない物だけではありません。この新たな認識技術で、例えば、袋に入った製品など、形の変わる物体も、その同一性を判別することができるようになりました。これにより、画像認識AIの活用範囲が大幅に広がると考えています。
また、聞く・話す・見るAIの性能は、今後、これ以上性能を上げなくても十分というときがやってきます。私たちはさらにその先、人間の思考を助け、人とAIの共創に向けた「考えるAI」がより重要となっていくと考えています。今のtottoの技術はまだ徹子さんのキャラクター性を実装した段階ですが、今後は徹子さんの価値観や人格などをAIで扱えるようにする必要があります。さまざまな価値観や人格を踏まえ、答えが1つではない複雑な問題についても人間の思考を助ける存在になる、それがNTTのAIがめざすところです。
将来的には、世界共通の揺るがない規律や規則、道徳を満たしながら、地域や慣習などから生まれるさまざまな価値観の違いを吸収するAI、いわば「寛容なAI、そして誠実なAI」をめざしていきます(図4)。

図4 人の心を汲むAI

図4 人の心を汲むAI

ストレスフリーなデバイス

次に、ストレスフリーなデバイスについてお話させていただきます。携帯電話、スマートフォンなどの進化の先、次の個人向け端末が何かを考えたとき、アプリや設定に支配されない端末・デバイスが必要になると考えています。
CUzoは、人やランドマークなど、あらゆるものに「かざす」という自然な動作から、この透明なディスプレイを通じて、自分の国の言葉で観光地の情報を入手したり、初めて訪れる街でも分かりやすく道を案内したり、ディスプレイに表示される翻訳結果を「顔を見ながら」共有し、対話ができる多言語翻訳をしたり、といったサービスの提供をめざします(図5)。アプリケーションをいちいち起動して、操作する、そんな煩わしさをなくし、人の自然な振る舞いから端末がサービスを提供する、Naturalな体験をめざしています。
このシステムは、パナソニック様とのコラボレーションによって開発を進めてきました。NTTで開発した、スマートフォンなどデバイス内で行われていた処理機能を仮想化し、クラウドやエッジ上に配置するデバイス機能仮想化技術により、簡易な端末でも高機能なサービスを実現します。
さて、こういったデバイスが、アプリや設定を意識する必要がなくなった後、さらにその次はどのように変わっていくのでしょうか。私たちは、将来、目に見えるデバイスを意識する必要はなくなり、周囲のさまざまな物が、人々の生活を見守る世界が訪れると考えています。例えば、部屋にあるさまざまなICT機器が連動し、壁にかけたレインコートが揺れたり床が濡れていたりするように錯覚で見せ「今日は雨が降る」ということを自然に伝えるなど、これもNaturalの1つの姿です(図6)。このコンセプトに取り組むため、新しいプロジェクトを立ち上げます。プロジェクト名はPoint of Atmosphere。これからの私たちの取り組みにご期待ください。

図5 ストレスフリーなデバイス

図5 ストレスフリーなデバイス

図6 デバイスを意識する必要のない世界

図6 デバイスを意識する必要のない世界

社会に溶け込む未来のネットワーク

さまざまなサービスを支えるネットワークについても、よりNaturalに進化していきます。
レイヤをまたがり機能・役割を統合する次世代のネットワーク。社会の秩序、重要度を理解し、最良な選択を意識せず、Naturalに動いていく次のネットワークです(図7)。そのために、私たちが取り組んでいる仕組みが、Cognitive Foundationというレイヤの異なる複数のリソースを一元管理して運用していく仕組みです。ラスベガスで行われている公共安全ソリューションでは、映像監視のリソースを柔軟に適応するため、状況に応じてカメラやセンサ、エッジ、ネットワーク、クラウドなど、さまざまなICTリソースをCognitive Foundationが最適に一元管理しています。
現在は、まだ基本的な自動化にとどまっていますが、今後は学習を重ねることで、ネットワークAIにより、時々刻々変化する環境でリアルタイムに全体最適制御を行う、より高度な連携動作をめざします。人、街、モビリティ、エネルギーなどの領域に広げ、社会、アプリケーション、さまざまなレイヤにおいて、それぞれにかかわる複数の企業の協働から、サービス、デバイスまでをオーケストレーションすることで、社会全体の最適化を、よりNaturalに実現します。そのために、スケーラブルなデータ処理基盤や超セキュアな認証基盤技術の研究などにも取り組んでいきます。

図7 社会に溶け込むネットワーク

図7 社会に溶け込むネットワーク

光で難問を解くコンピュータ

人間がよりNaturalに、より豊かに暮らしていくためには、コンピュータの能力をより一層、高める必要があります。現在のノイマン型コンピュータの限界を超えるためにNTTでは、「光で難問を解く新しいコンピュータ」、LASOLVの研究開発に取り組んでいます(図8)。現在のデジタルコンピュータではさまざまな問題を数学の問題に置き換えて解いていますが、LASOLVは数学ではなく、物理の問題として解くことで、従来のデジタルコンピュータでは解くことが難しかった難問が解けるようになりました。
LASOLVは、NTTが長年、開発を進めてきた最先端の光通信用デバイス、位相感応増幅器を用いて生成した光パラメトリック発振器パルスを用いて実現しています。長さ1kmの光ファイバのリングの中を流れる光パルスの列。パルス間の相互作用を光パラメトリック発振器と問題設定ユニットで表すことで、大規模な組み合わせモデルの最適化問題を解くことを可能としました。
これまで比較的単純なグループ分け問題を解くことができていましたが、今回、日本地図の4色塗り分け問題やスケジューリング問題など、さまざまな問題へと拡大できるようになりました。例えば、「住宅地区」「商業地区」「工業地区」「緑地」の4つの役割がそれぞれ隣り合わないようにすることが、より良い街へと発展する条件であるような場合に、各区域を1つひとつ隣り合わないように割り振っていく、町づくりのシミュレーションを考えます。従来のデジタルコンピュータでは、短時間では解くことのできなかったこの問題を、非常に高速に解くことができるのがLASOLV の魅力です。
また今回、LASOLVのソフトウェアについても、ライブラリの大幅な拡充を進めるとともに、ソフトウェアの開発環境も進化させ、専門家だけでなく一般のプログラマにも扱いやすい環境を開発しています。
さらに今後は、ハードウェアのビット数を2048ビットから10万ビットへと増やすことで適用領域を拡大します。例えば創薬。薬となる化合物を探す基礎研究の段階で、より良い化合物の組み合わせを早く見つけることができるようになることで、短期間で新しい薬を創り出すことが可能になります。また、渋滞解消や都市計画では、ある地点からある地点までの経路、何カ所もめぐる際にどこを通るともっともスムーズなのかを計算し、より良い交通経路を導きます。AIの領域では、機械学習で用いるデータセットの中から求めるデータに近いサンプルを導き出すことができるようになり、より強固な学習につなげることができるようになります。

図8 光で難問を解くコンピュータ

図8 光で難問を解くコンピュータ

イノベーションを加速させる取り組み

ここまで私たちの研究成果や今後の方向性について紹介してきましたが、さらなるイノベーションを加速するための新たな施策について詳細を発表します。それは、研究開発のグローバル化推進で、3つの施策を実施します。
1番目は研究成果のグローバル展開。研究所の研究成果を海外に届け、各地域に合わせた展開を進めていきます。
2番目は研究ターゲットのグローバル化。グローバルニーズに応じた研究開発の強化を行っていきます。
そして、3番目は、海外での研究拠点の設立です(図9)。現在日本では、イノベーションの源泉となる基礎的な科学技術の衰退が危惧されています。これまで紹介してきた取り組みを根幹として支える基礎研究は、さらなる飛躍をめざすために非常に重要だと考えています。この基礎研究の拡充と強化のために、新たに海外に基礎研究拠点としてNTT Research, Inc.を設立します。
NTT Research, Inc.では、合わせて3つの研究所を発足します。まず1つは、物理学(PHysics)と情報学(Informatics)の共創領域(Φ “PHI”)となる、量子計算科学に関し、世界を大きく変革するような新発見・新技術の発明をめざす、NTT Φ Laboratoriesです。Φ Labs.では、将来の量子コンピューティング技術につながる量子論の基礎研究と、その情報処理への応用など全く新しい理論の構築に取り組みます。Φ Labs.所長には、国立情報学研究所・スタンフォード大学の名誉教授で、LASOLVの研究開発でこれまで連携を進めてきた内閣府の革新的研究開発推進プログラムのプロジェクトマネージャを務める山本喜久教授をお招きします。
2番目のNTT CIS Laboratoriesでは、高度な暗号理論と、複雑な分散環境下で、安全に情報をやり取りするための基礎理論となる暗号情報理論に取り組みます。CIS Labs.所長には2017年、暗号分野にて世界的にもっとも権威ある賞の1つである、RSA Conference Awardを受賞したNTTフェローの岡本龍明が務めます。
3番目のNTT MEI Laboratoriesでは、人とICTがよりNaturalな関係となっていくための生体情報処理に取り組んでいきます。MEI Labs.所長には、心臓循環器系の医師として国内外に幅広い影響力を持ち、ICTに関しても高い見識をお持ちの医学博士、榊原記念病院の友池仁暢顧問をお招きします。これら3名の所長は、それぞれの専門分野でのグローバルな活躍を通じ、幅広いグローバル人脈を持つことが選任のポイントです。
まずは、これらの領域で研究が進んでいる北米シリコンバレーに研究所を設立し、さらに、世界各地に拠点を展開していきます。この基礎研究に重きを置いた海外拠点の研究開発により、NTTのみならず、国内外の大学、コラボレーションパートナーの皆様とともに、基礎研究の頂きをめざして、革新的なイノベーションに資する世界に類をみない成果を出していきます。

図9 海外研究拠点の設立

図9 海外研究拠点の設立

おわりに

NTT研究所は、これまで時代の節目に世界に先駆け、新たな技術の可能性を示してきました。これからも、インパクトのあるさらなる技術革新をめざし、時代と向き合いながら、次なる展開をつくり出していきたいと思います。
「未来に向けて、その先を描く存在として」NTT R&Dは、Naturalな未来、Smart Worldの実現をめざして、世界に変革をもたらす研究に取り組んでいきます。

■参考文献
  • (1) tottoの部屋 http://totto-android.com/

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