ページの先頭です。
コンテンツエリアはここからです。

「つなぐコラム」 “人と自然”

第9回 自然が与えてくれるもの道家 哲平

私たちの社会は、自然の恵みの上に成り立っていると言われます。自然を守ることは、自然の恵みを受け続け、私たちの社会を持続可能にしていくことであるとも言われます。世界では、自然科学、社会科学に加え、先住民や地域共同体が作り出した経験知(伝統知とも言います)を総合して、自然の恵みや危機を理解し、これからも自然の恵みを受け続けられるよう、自然を守る方法を考えるという動きもあるのです。

「自然の恵み」をなくさないこと、それは私たちが自然を守る目的のひとつだと思います。では自然は、その恵みとして、どんなことを私たちに提供してくれているのでしょうか?

私たちの暮らしに欠かせない衣食住は、自然に由来するものであふれています。綺麗な空気、飲み水、食べ物、家を建てるときに必要な木材も、衣服の材料も、全て自然からもたらされています。その中でも、特に食べ物は自然の恵みの象徴のひとつではないでしょうか。

しかし、普段スーパーマーケットで食べ物を買う人、それも特に都心部に住む人たちにとっては、食べ物が自然の中にある様子は想像するものでしかなく、売っていて当たり前のものとして感じられているのではないでしょうか。スーパーマーケットに売っている米も野菜も、確かに田畑という自然の中で育っているはずです。ましてや、ウナギのように人の手で完全養殖できない生きもの(第2回 つかめるか!?ウナギの未来)や、トマトやブルーベリーのようにマルハナバチが存在しなければ実をつけることのできない野菜や果物(第6回 ぶんぶんバチはどこへ行く?)も並んでいるのです。自然がなくてはこれらの食材は手に入りません。まさに、自然そのものが「総合スーパーマーケット」と言えるでしょう。

群馬県みなかみ町「赤谷の森」の風景写真

群馬県みなかみ町「赤谷の森」の風景
(写真提供:日本自然保護協会)

「赤谷の森」の恵みを活かしたお弁当の写真

「赤谷の森」の恵みを活かしたお弁当
(写真提供:日本自然保護協会)

1997年に生態学者のロバート・コンスタンザ教授が率いる研究チームが、このような自然の恵みの価値を試算しました。それによれば自然の恵みには、世界全体で33兆ドル/年(3,630兆円、1ドル110円換算)の価値があるとのことです。

また、2000年に入ってから急速に研究が進んだ分野があります。自然と防災という分野です。近年増えてきた地震や洪水などの災害への対策を進めるなかで、サンゴ礁やマングローブ、山を覆う森などの持つ災害の影響を抑える働きが、想像以上に高いことが分かってきました。例えば、海岸に自然が残されていることで、津波の力を10〜20%弱めてくれていたことが東日本大地震のあとの調査で分かっています。先ほどのコンスタンザ教授の研究チームは2014年に、災害を抑えるという効果も含めると自然の恵みには145兆ドル/年(1京5,950兆円)もの価値があると再試算しています。自然は、「総合スーパーマーケット」であると同時に、私たちの暮らしを守る「総合警備会社」でもあるのです。

私たちの心と体を健康に保ってくれる、という恵みをもたらしてくれていることも分かってきました。私たちの健康に必要な薬の多くが、開発、製造の段階で、自然由来の成分からなっています。アメリカ食品医薬品局が1980年から2010年までの間に認可した医薬品のうち75%が自然成分由来でした。例えば、インフルエンザの時に処方されるタミフル(医薬品)は、中華料理のスパイスでも有名な八角(スターアニスとも言います)から得られる成分(シキミ酸)を原料としていることで有名です。身体的な病気だけではなく、自然とのふれあいによってうつ病という心の病が緩和されるというアメリカスタンフォード大学の研究発表もあります。自然は私たちにとって「総合病院」でもあるのです。

さらに、「さまざまな芸術や技術の着想」という恵みもあります。自然の中に生きるものたちの中には、私たちが想像も及ばないすごい能力を持った生きものがいます。彼らの能力から着想を得て製品が作られることも珍しくありません。例えば、2,000kmもの距離を飛んで渡りをするアサギマダラというチョウの羽の形を参考に、「心地よい風」を再現する扇風機が製品化されています。他にも、トンボが持つ秒速40cmというわずかな風を力に変えて飛ぶことのできる羽の仕組みを、風力発電の羽に活用しようという研究も進んでいます。新たな発想や発明のアイディアをくれる自然は、あたかも「総合博物館」のような存在とも言えるでしょう。

過去から現在にかけて、私たちはたくさんの自然の恵みを享受してきました。加えて近年では、アサギマダラやトンボという身近な昆虫の羽が私たちの社会に新たな価値という恵みを与えてくれました。自然の中にはまだまだ知られていない恵みが眠っているかもしれません。自然を守る、ということは私たちの今の暮らしを守るだけでなく、未来の暮らしを豊かにすることにもつながっているのです。

○参照「スタンフォード大学の論文」
Nature experience reduces rumination and subgenual prefrontal cortex activation
Gregory N. Bratman, J. Paul Hamilton, Kevin S. Hahn, Gretchen C. Daily and James J. Gross PNAS 2015 July, 112 (28) 8567-8572.

道家 哲平 (どうけ てっぺい)

公益財団法人 日本自然保護協会 経営企画部 副部長

国際自然保護連合(IUCN)日本委員会 副会長 兼 事務局長

生物多様性条約の NGO における第一人者。国際的な情報収集・分析を行い、生物多様性保全の底上げに取り組んでいる。特に、国内では、2020 年までに日本から愛知ターゲットの達成を目指し、企業や団体、自治体など多分野のセクターのネットワーク化を行いながら、地域や企業の生物多様性戦略、「にじゅうまるプロジェクト」などを推進。 大学院で研究していた哲学という異色の専門を活かし、世界の自然保護の問題を理解し、日本の課題・解決策に活かす、「世界のコトを日本のコトに」をモットーに奮闘中。プライベートでは、かわいい子どもたちの子育てが趣味という3児のパパ。

フッタエリアはここからです。