News Release

平成16年9月9日


マイクロ波を用いた超伝導磁束量子ビットの多光子制御に成功
−量子コンピュータの実現に向け一歩近づく−


 日本電信電話株式会社(NTT;本社:東京都千代田区、代表取締役社長:和田紀夫)は、科学技術振興機構(JST;埼玉県川口市、理事長:沖村憲樹)との共同研究において、次世代の量子コンピュータ*1用素子である超伝導磁束量子ビット*2に光子(マイクロ波)を照射し、超伝導電流を反転(状態遷移)させる実験を行いました。その結果、光子1〜3個相当のエネルギーのいずれの場合でも量子ビットの状態を遷移させることに成功しました(図1)。
 この結果、通常は原子や素粒子といった微視的世界の振る舞いを記述する理論体系である量子力学が、今回の実験に用いた大きさ約6ミクロン(1ミクロンは100万分の1メートル)の量子ビット(の数百万個の電子対からなる巨視的状態*3)にも適用可能であることを確認できました。この超伝導磁束量子ビットは、サブミクロン寸法の微小なジョセフソン接合*4を3個用いて構成されていますが、今回の実証により、量子コンピュータ用の素子として有望であることが明らかとなりました。今後、この素子のコヒーレンス*5時間を改善し演算可能時間をより長くすることで、量子コンピュータの実現に一歩近づくことになると考えております。


<実証の経緯>
 量子コンピュータは、量子力学の原理を用いて超並列演算処理が可能と考えられており、従来のコンピュータを遥かに凌ぐ性能が得られる可能性があります。現在、世界中の研究機関でその素子の開発が進められており、核スピン、空洞共振器中のイオンや中性原子、半導体や超伝導体 などの固体素子がその有力候補とされています。なかでも超伝導磁束量子ビットは、量子コンピュータ用素子の“本命”の一つとみなされていますが、光子1個の吸収遷移しか実証されていませんでした。


<実験および成果の内容>
 超伝導磁束量子ビットは、大きさ約6ミクロン、周上に3個の微小なジョセフソン接合を含んだアルミニウム薄膜製のループです(図2)。微細加工技術を用いて素子を作製し、希釈冷凍機を用いて絶対温度30ミリケルビンまで冷却した状態で、ループを貫く磁束が、磁束量子の約半分となるような磁場下で動作させることにより、量子2状態系(量子ビット)を準備しました。量子ビットとは、この素子の基底状態と励起状態のことであり、ループを貫く磁束を僅かに変化させて2つの状態のエネルギー差を精密に調節することが可能です。それぞれの状態は、時計回り・反時計回りの超伝導電流が量子力学的に重ね合わさった状態です。そこへ、量子ビットのエネルギー差に共鳴した光子(マイクロ波)を照射することによって、量子ビットの基底状態 ⇔ 励起状態 間の(1〜3光子)吸収遷移を、量子ビットに隣接して製作したSQUID(超伝導量子干渉計*6)を用いて検出しました(図3)。
 さらに、2つの共鳴マイクロ波パルスを用いたラムゼー干渉実験*7により、磁束量子ビットの特徴的な振動を観測し、量子コンピュータ素子として必要なコヒーレンス動作の制御に成功しました(図4)。
 これらの結果は、この素子が数ミクロンの大きさを持ち、かつ、数100万個もの電子対からなるにもかかわらず、原子と類似した理想的な量子2状態系(人工原子)であることを示します。さらに、共鳴マイクロ波のパルス列を用いることによって、量子2状態系を任意の量子力学的重ね合わせ状態へと制御することが可能なことをも意味しています。


<今後の展開>
 今後、複数の量子ビットの制御に必要な充分長い演算可能時間を実現するために、超伝導磁束量子ビットのコヒーレンス時間の伸長を図ります。

 今回の実験の結果は、9/13 青森大学で開かれる日本物理学会のシンポジウム Progress in physics of superconducting junctionsにおける招待講演[13pYD-10]“Superconducting Flux Qubits” NTT Basic Research Laboratories, Hideaki Takayanagiにて発表の予定です。



図1 共鳴光パルスを用いた超伝導磁束量子ビットの状態制御の概念図
図2 超伝導磁束量子ビットと検出器SQUIDの電子顕微鏡写真
図3 1〜3光子 吸収遷移を示す実験データ
図4 超伝導磁束量子ビットのコヒーレントな量子振動の様子



<用語解説>
*1 量子コンピュータ
 量子ビットを複数個配列した構造(量子レジスター)に様々な演算をさせることにより情報処理を行うコンピュータのこと。量子コンピュータでは、演算途中で状態の「重ね合わせ」が可能なため、この性質を利用した並列計算が可能と考えられています。例えば量子ビットn 個を自在に制御できるようになれば、現在のコンピュータで2 ステップかかる論理演算をn ステップで実行することも可能です。このように指数関数的な高速化が可能なため、例えば将来、500量子ビットを制御できるようになれば、宇宙にある全原子数よりも多くの状態の処理を現実的な計算時間で実行することも夢ではありません。

*2 量子ビット
 量子2状態系の別名で、量子コンピュータの基本構成要素です。現在のコンピュータで使われている0、1の二つの状態しか取り得ない古典ビットに対して、量子ビットと呼ばれます。量子ビットは、演算途中では、|0 > 状態と|1 > 状態のほか、それらの任意の重ね合わせ状態をとることが可能です。

*3 巨視的状態
 物質が原子や電子などの構成粒子からできていることを意識せずに観測できるマクロな状態。言い換えると、微視的な一つ一つの電子や原子に比べて桁違いに多くの電子や原子を含む状態。日常生活で、見たり触れたりできるものは全て巨視的状態で、数100万個の電子対からなる電流も巨視的状態です。

*4 ジョセフソン接合
 2つの超伝導体で、(10-10 m)オーダの厚さの絶縁層を挟んだ構造の素子。両側の超伝導状態は、絶縁層を介してトンネル効果で弱く結合しているだけなので、この素子を用いれば、超伝導状態を電流・電圧を介して人為的に制御することが可能です。この制御性のために、超伝導を応用した回路には不可欠な素子となっています。ここでは、両側の超伝導体にはアルミニウムを、絶縁層には酸化アルミニウムを用いています。

*5 コヒーレンス(コヒーレント)
 互いに干渉することができる波動の性質(可干渉性)を示す用語で、ここでは、量子状態がほぼ一定の位相関係を保つことにより干渉を示す度合いを定量的に表わします。量子状態のコヒーレンスは一般に外部由来のノイズによって時間と共に指数関数的に失われていきます。

*6 SQUID(超伝導量子干渉計)
 2個のジョセフソン接合を超伝導ループに含んだ構造の素子で、外部からこの素子に流せる超伝導電流の大きさは、量子干渉効果によってループを貫く磁束の正確な周期関数となります。この性質を利用して、非常に精密な磁束計として用いることができます。

*7 ラムゼー干渉実験
 原子物理等の分野で用いられる、量子2準位系の自由歳差減衰測定の実験手法で、2準位系に共鳴した2つの光パルスを使います。1つめのパルスで、基底状態(|0 >)を量子力学的な重ね合わせ状態 に移します。2つ目のパルスを照射するまでの遅延時間の間に、重ね合わせ状態の位相()の時間発展の様子を観察するものです。



<本件に関する問い合わせ先>
 NTT先端技術総合研究所
 企画部 情報戦略担当
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 Tel: 046-240-5152
 E-mail: st-josen@tamail.rdc.ntt.co.jp


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