日本電信電話株式会社(NTT;東京都千代田区、代表取締役社長:和田紀夫)は、国立大学法人東京工業大学(東京工業大学;東京都目黒区、学長:相澤益男)と科学技術振興機構(JST;埼玉県川口市、理事長:沖村憲樹)と共同で、電流を運ぶ電子一個一個が、いつ、どちらの方向に動いたかが分かる、超高感度な電流測定に世界で初めて成功しました。この単電子電流計を用いれば、これまでの電流計では測ることのできなかった非常に微小な電流や、電子一個一個の動きをその場で捉えることができ、ナノ構造や単一分子を用いたナノエレクトロニクスや量子情報通信など、様々な分野での応用が期待できます。
この成果は、2006年6月16日付けで米科学誌Scienceに発表されます。 |
【単電子電流計のしくみ】
これまでの高感度電流計では、数万個の電子の流れがないと電流として検出することはできませんでした。本研究では、量子ドット*1とよばれる、電子がひとつずつしか出入りすることのできない非常に小さな半導体ナノ構造と、それに隣接する半導体ポイント接合*2を電荷計として用いることで、単電子電流計を実現しています(図1a)。量子ドットの中にいる電子の数が1個でも増減すると、その電荷の変化を感じてポイント接合を流れる電流が変化するため、量子ドットに電子が出入りしたことが分かります。しかしそれだけでは電子が出入りしたことは分かっても、その電子がどちらから来たか、またどちらへ行ったかは分かりません。今回開発した単電子電流計では、量子ドット2つを直列に並べることによって、電子がどちらの方向に動いたかが分かるように設計されており、それによってはじめて単電子電流計が実現されました。 |
【実験の概要】
単電子電流計は、半導体微細加工によって作成しました(図1b)。1つの量子ドットの大きさは約100ナノメートル(ナノは10億分の1)、2つの量子ドット(二重量子ドット)とポイント接合の距離は約200ナノメートルと非常に小さく、それによって電子1個の出入りが検出可能になります。
二重量子ドットを通して電流を流すと、隣接するポイント接合を流れる電流は、3つのとびとびの値をとり、その間を飛び移るような変化を示します(図2)。これらは例えば、電子1個が1) 左側の量子ドットに入った状態、2) 右側の量子ドットにとび移った状態、3) 右に出ていった状態、と順に変化してゆく様子をあらわしており、このようにして電子1個の動きを正確に捉えることができます。さらに二重量子ドットを通り抜けた正味の電子数をカウントすることにより、極めて微小な電流の測定が可能になります。
超高感度電流計としての性能を実証するため、別の単電子トランジスタを直列につなぎ、この単電子電流計で測定しました。その結果、数十アトアンペア(アトは100京分の1)から数アトアンペアという、従来の高感度電流計では測定不可能な微小電流領域においても、単電子トランジスタに特徴的な電流ピークが明瞭に観測され、このときの電流雑音はピーク値で約3アトアンペアと、従来の高感度電流計の感度を3桁以上も上まわっていることが分かりました(図3)。
さらにこの単電子電流計では、電子がたどった途中の道筋、例えば3歩進んで2歩戻った、といったことまで知ることができます。このような電流の揺らぎ、すなわち電流雑音は、電流が電子という粒(=量子)の流れであることや、電子間の相互作用によって生じる電子の流れの規則性なども反映しており、この単電子電流計はそのような量子の世界を探る新たなツールとなります。
|
【今後の展望】
光の最小単位である光子(=フォトン)一個一個を検出するフォトンカウンターはすでに実用化され、さまざまな分野で極微弱光の計測に用いられています。今回開発した単電子電流計は、電流の最小単位である電子一個一個をカウントすることができ、これにより、光と電気の量子カウンターが両方そろったことになります。この単電子カウンターは、フォトンカウンター同様、様々な分野での応用が期待されます。特に、ナノ構造・単一分子・生体を用いたナノエレクトロニクスでは微弱な電流の測定が必要とされており、単一電子の挙動を鮮明に観測することにより、様々な物理現象・化学反応・生体反応が計測できるようになることが期待されます。また、電子スピンや光子の状態を電流に変換することにより、磁場や光の高感度センサーへの応用も期待されます。さらに、単電子電流計に現れる量子雑音を観測することにより、「量子もつれ」と呼ばれる遠く離れた電子のペアが共有する量子情報を読み出すことが可能になり、量子計算の読み出し技術への応用も期待されます。 |
(この研究は、NTT物性科学基礎研究所と東京工業大学、JST戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)*3、東北大学との共同研究により、総務省戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)*4および日本学術振興会科学研究費補助金*5の援助を受けて行われました。) |
<用語と解説>
*1 量子ドット
電子を閉じこめておくことのできるナノ構造で、本研究の場合、閉じこめられた電子の数が1個しか増減しない特性を主に利用している。
*2 ポイント接合
電流が流れる領域(チャネル)の1カ所を細くしぼりこむことによって、両側の電極がその1カ所(ポイント接合)でのみ接続される構造。ポイント接合の動作条件を調節することにより、ポイント接合の周囲の電荷状態(本研究では2つの量子ドットの電荷状態)の検出器になる。
*3 JST戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)
キャリア相関を用いた量子コヒーレントシステム(研究代表者:平山祥郎)
*4 総務省戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)
半導体ナノ構造による量子情報インターフェースの研究(研究代表者:藤澤利正)
*5 日本学術振興会科学研究費補助金
半導体量子エレクトロメカニカル構造の研究(研究代表者:山口浩司) |