2008年4月24日
(報道発表資料)
日本電信電話株式会社
独立行政法人情報通信研究機構


低消費エネルギー・超小型の光ビットメモリを開発
〜 フォトニック結晶でメモリ時間150ナノ秒を達成、集積化に道 〜


 日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。本社:東京都千代田区、代表取締役社長:三浦 惺。)は、独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。本部:東京都小金井市、理事長:宮原 秀夫。)の委託を受け、フォトニック結晶※1と呼ばれる微細な人工周期構造を用いた光ビットメモリの開発に成功し、最長150ナノ秒(当社従来比60倍)のメモリ持続時間を達成しました。今回、インジウムリン系化合物半導体のInGaAsP※2を材料として用いたフォトニック結晶の採用により、メモリ保持に必要なバイアス光のパワーが最低値40μWと従来の半導体レーザの光双安定※3動作を用いた光メモリに比べ約2桁低減しており、低消費エネルギー動作を実現しています。
 本メモリは、超小型で集積化が可能であり、低パワーの光で動作することから実用的な光メモリ実現に道を拓き、デジタル情報を電気信号に変換することなく光のまま伝送・処理する光情報処理により、消費電力や処理速度など電子機器に起因する現在のネットワークの限界を超える可能性を示すものとして注目されます。
 本成果は、5月4日より米国サンノゼで開催される国際会議Conference on Lasers and Electro-Optics(レーザ・電気光学国際会議)にて発表される予定です。


【開発の背景】
 インターネットの地球規模での普及や高精細な動画などコンテンツの大容量化によって、ネットワークのトラヒックは爆発的に増大を続けています。光ファイバを用いた高速ネットワークの実現により、情報を高速に伝送することは可能になりました。ルータなど、ネットワークのノード部では情報を処理するため光信号をいったん電気信号に変換しなければならず、ネットワーク全体の通信速度はルータなどの電子回路によって決められ、高速化に限界があります。また、ルータなどの電子回路が消費するエネルギーは、ネットワーク全体の消費エネルギーの大部分を占めています。そこで光本来の高速性や低消費エネルギー性を発揮させるため、将来の技術として、途中で電気信号に変換することなく光のままで情報を処理する光情報処理が期待されています。しかし、ここで一番問題となっているのがメモリです。これまで光で動作するメモリとして、半導体レーザの双安定動作を用いた方法が研究されていますが、半導体レーザを用いているため消費電力が非常に大きく、またサイズや構造上の理由から集積化が困難という問題がありました。


【技術の概要】
 NTTの物性科学基礎研究所とフォトニクス研究所は、「フォトニック結晶」と呼ばれる微細な人工周期構造を用いることで、消費エネルギーと集積化という従来の半導体レーザを用いた光メモリの問題を解決しました。光メモリでは、ONとOFFのビットを表す2つの状態を光によって書き込み・読み出し・消去する必要がありますが、今回NTTが開発した光メモリでは、光による物質の屈折率変化(光非線形性)により引き起こされる光双安定現象を利用しています。フォトニック結晶では、半導体などの材料を微細加工することにより光を数μm(ミクロン:1ミクロンは100万分の1メートル)という波長と同程度の微小な空間に強く閉じ込めることができるため、微弱な光でも屈折率変化を起こし、低光パワーで動作する光メモリを実現することが可能となります。さらに共振器や導波路などの基本素子を同一チップ面内に高密度に集積できることもフォトニック結晶の大きな特長です。


【技術のポイント】
今回の成果を支える技術のポイントは以下の3つに集約することができます。
<1> 光非線形性の大きなInGaAsP材料の採用
<2> InGaAsPの高精度なナノ加工技術
<3> 高性能なフォトニック結晶共振器の設計・作製技術

 開発した光メモリのベースとなるフォトニック結晶は、厚さ200nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の半導体結晶に直径200nmの空気穴を420nmの周期で三角格子状に配置した構造をしています(図1)。その中の一列、穴のない直線状の領域が導波路として働き、その両脇の穴の位置を数nmシフトさせてわずかに幅を広げた領域が共振器として働きます。光メモリの心臓部となるこの共振器の光が閉じ込められる領域の体積は0.1μm3程度と極めて小さく、フォトニック結晶以外では不可能なサイズです。
 NTTではこれまでシリコンを材料としたフォトニック結晶共振器で、光による屈折率変化(光非線形性)を用いた光双安定動作を確認していましたが、持続時間が2.5ナノ秒と極めて短く、光メモリとして用いることはできませんでした。今回作製したフォトニック結晶の特徴は、材料としてシリコンではなく、インジウムリン系化合物半導体のInGaAsPを用いている点です。InGaAsPはシリコンに比べ光非線形性が大きく光メモリには有利ですが、シリコンに比べ加工が難しく、これまでは高効率で光を閉じ込めることのできる高性能のフォトニック結晶は作製が困難でした。今回NTTが作製したフォトニック結晶共振器は、光閉じ込めの強さの指標となるQ値※4が最大13万と、InGaAsP系フォトニック結晶としてこれまでで最高の値を示しています。このInGaAsPの大きな光非線形性と高性能共振器の実現により低消費エネルギーの光メモリ動作を達成することができました。


【メモリ動作の概要(図2)】
 開発した基本素子(以下「素子」という。)にバイアス光を入力した状態での、出力光強度をメモリのビット情報として読み取ります。初期状態はバイアス光の波長が共振器の共振波長からわずかにずれて出力光強度がローレベルになっている状態で、これをメモリのOFF状態とします(の黒線)。この状態からビット情報書き込み用の制御光パルス(パルス幅100ピコ秒。ピコは1兆分の1)を加えると共振器内の屈折率が変化し、共振波長がバイアス光の波長に一致するため透過率が増加して出力がハイレベル、すなわちメモリON状態に変わります(の赤線)。制御光パルス信号が消えた後もON状態は継続し、書き込んだビット情報が正しく記憶されています。消去用のパルスによってOFF状態に戻して情報を消去することもできます。本素子のメモリ持続時間は最長150ナノ秒であり、材料にシリコンを用いた場合(2.5ナノ秒)と比べ60倍長くなっており、光RAM※5動作の検証が可能なレベルとなっています。さらに、図2の上の結果に示さるようにメモリ状態を持続させるのに必要なバイアス光パワーは最低値で40μWと、従来の双安定レーザ型光メモリの消費パワー(数mW程度)と比べると2桁近く低いパワーで動作することが示されました。


【今後】
 本技術の応用としては、光情報処理チップにおけるスイッチやメモリが考えられますが、そのためには共振器の構造や材料パラメータの最適化により、メモリ持続時間をさらに長くすることが望まれます。さらに将来、多ビットの光RAMにより構成された大規模光集積回路を実現するためには、メモリの集積化やビット列のアドレッシングなどの技術を開発することが必要です。


<用語解説>
※1 フォトニック結晶:光の波長程度の周期性をもつ人工周期構造で、光絶縁体として機能し、従来の物質では不可能な強い光閉じ込めを可能とする。この強い閉じ込めを用いると、極めて微小な空間に強く光を閉じ込めることができ、光物質相互作用が増強され光デバイスの動作パワーを大きく低減することが可能となる。

※2 InGaAsP:インジウム、ガリウム、砒素、燐で構成される化合物半導体

※3 光双安定(メモリ):光の出力状態が二つの安定状態を示す現象。これを用いてビット情報を記憶する光メモリを構成でき、メモリとしてはレーザを用いたタイプと本技術のように光の強度で屈折率が変わる光非線形現象を用いたタイプがある。

※4 Q値:共振周波数を共振の半値幅で割った量。共振の鋭さを現す指標でこの値が大きいほど共振器内の光強度が増大する。

※5 RAM:ランダムアクセスメモリ。コンピュータやルータの内部で一時的に情報を蓄積する用途で用いられる記憶装置



図1  InGaAsPフォトニック結晶素子の構造
図2  フォトニック結晶共振器素子のバイアス光入力40μWにおける光ビットメモリ動作



<本件に関するお問い合わせ先>
NTT先端技術総合研究所
(物性科学基礎研究所)
企画部 広報担当 飯塚 公徳
Tel: 046-240-5157
http://www.ntt.co.jp/sclab/contact
<NICT広報 お問い合わせ先>
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Tel:042-327-6923
Fax:042-327-7587
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