(報道発表資料)
2008年5月26日
日本電信電話株式会社
国立大学法人大阪大学


世界初、テレポーテーション型の量子計算を実証
〜光子を用いた量子コンピュータ実現に新たな突破口〜


 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:三浦惺、以下NTT)と、大阪大学(大阪府吹田市、総長:鷲田清一、以下大阪大)は、量子コンピュータ※1の実現の困難さを克服する方式として有望視されているテレポーテーション型量子計算の実証に世界で初めて成功しました。
 この方式では特殊な量子もつれ※2図1)光子を予め準備すれば、あとは量子テレポーテーション※3図2)型の操作を行うことで非常に簡単な処理のみで量子計算を実行できます。量子コンピュータ実現の最大の難関と言われてきました量子ゲート素子を新しい観点から切り開いたことにより、“夢のコンピュータ”と言われてきた量子コンピュータの実現に向けて、1つの突破口が開かれたといえます。
 本研究は、NTTの情報流通プラットフォーム研究所・岡本特別研究室の徳永裕己研究員と大阪大・井元信之教授のグループの共同研究によって得られたものです。本成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」(電子版、現地5月27日付)に掲載されます。


<研究の背景>
 近年、量子情報処理※4の研究が注目されています。中でも、量子コンピュータは、量子力学の原理を用いて超並列演算処理が可能と考えられており、従来のコンピュータをはるかに凌ぐ性能が得られる可能性があることから、“夢のコンピュータ”と呼ばれています。
 しかしながら、量子コンピュータを実現するには、解決に相当な時間を要する困難な課題が立ちふさがっており、特に困難な課題が、量子ゲート素子の実現です。量子コンピュータは、回転ゲートと制御NOTゲートと呼ばれる2種類の量子ゲート素子があれば実現できることが知られています。量子ビット※5に対する操作が容易に実現できる回転ゲートと違い、量子ビット間に相互作用を起こす制御NOTゲートは、実現が極めて難しい技術であり、世界中の研究者が挑戦を試みています。NTTにおいては、核スピン、原子、超伝導、半導体など様々な候補を用いて、実現を試みており、これまでにいくつかの成果を生み出しています。
 今回、NTTと大阪大の共同研究チームは、制御NOTゲートを実現するうえで有望なアプローチであるテレポーテーション型量子計算※6図3)のひとつ、一方向量子計算※7図4)という方式に注目しました。なぜなら、この方式では量子もつれを予め準備しておけば、あとは1量子ビットごとの測定という非常に簡単な処理だけで制御NOTゲートを実現できるからです。
 テレポーテーション型量子計算である一方向量子計算は、2001年にラッセンドルフとブリーゲルによって提案されました。これまでに一方向量子計算の実験はいくつか行われてきましたが、古典限界値(量子もつれを用いなくても実現できる限界値)に対する明確な評価がされておらず、これまでの実験結果は量子もつれを用いなくても出せる程度の結果である可能性が残されていました。


<研究の成果>
 今回、テレポーテーション型量子計算において理論的に古典限界を厳密に示すとともに、その限界値を超える量子演算の実験に成功しました(図5)。これにより、世界で初めてテレポーテーション型量子計算を実証したことになります。
 今回の研究成果では、テレポーテーション型量子計算の一つである一方向量子計算を光の最小単位である光子を4つ用いて実験を行いました。今回の研究成果の最大の特徴をまとめると、以下の2点に集約されます。

(1)高精度の4光子量子もつれの生成
 テレポーテーション型量子計算(一方向量子計算)のリソースとなる4光子量子もつれの生成を行いました。パラメトリック下方変換※8を用いた光子生成、および線形光学素子と光子検出器による極めてシンプルな方式であり、経路干渉も特殊な光学素子もありません。生成実験による4光子量子もつれの忠実度は、ウィーン大学のザイリンガーグループ(63%)、マックスプランク研究所のワインファーターグループ(74%)を大きく上回る86%を達成しています。

(2)古典限界値を超えたテレポーテーション型量子計算(一方向量子計算)の実証
 高精度の4光子量子もつれをテレポーテーション型量子計算のリソースに用いることにより量子演算の精度も上がりました。また独自に確立した評価方法により、量子もつれがない状況でできる処理の限界(古典限界値)を求め、実験結果がその古典限界値を超えていることを確認し、量子もつれが真に演算に貢献していることを実証しました。例えば、量子もつれなしのときの出力の忠実度は理論値で最高でも85.4%(古典限界値)ですが、量子もつれを用いた今回の実験での忠実度は89.5%であり、古典限界値を超えていることが確認できました。


<今後の展望>
 今後は、光子の量子ビット数の増加、より規模の大きな量子もつれ状態の生成を目指し、単一の量子ゲートのみならず、量子ゲートを組み合わせた量子アルゴリズム、量子プロトコルの実現に向けて研究を進めていきます。
 またテレポーテーション型量子計算の特徴として、遠隔地にいる多者間でテレポーテーションをしながら量子計算が行えることから、量子秘密計算などの暗号通信への応用も期待できます。

<本研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)「光子を用いた量子演算処理新機能の開拓(研究代表者:井元信之 大阪大教授)」の援助を受けて行われました。>


<用語解説>
※1 量子コンピュータ
 量子ビットを複数個配列した構造(量子レジスター)に様々な演算をさせることにより、情報処理を行うコンピュータのこと。演算途中の状態で「重ね合わせ」という量子特有の状態を扱えるため、問題の種類によっては、従来の古典的な計算とは桁違いの速さで処理が可能になる。

※2 量子もつれ(エンタングルメント)
 複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態のこと。例えば、量子もつれ状態にある2つの光子の場合、片方の状態が決まると、もう一方の状態もそれに応じて決まり、その関係は光子間の距離に依存しないといった特異な性質がある。

※3 量子テレポーテーション
 古典通信と量子もつれの効果を利用して離れた場所に量子状態を転送すること。準備として、量子もつれ状態を共有しておくことが必要である。

※4 量子情報処理
 量子特有の「量子もつれ」や「重ね合わせ」といった性質を利用して、従来の古典的な手法にはできない情報処理を行うこと。応用分野としては、量子計算、量子暗号、量子テレポーテーションなどがある。

※5 量子ビット
 量子2準位系を持つ量子コンピュータの基本要素。従来の電子のコンピュータの場合のデジタル信号の1ビット(0または1)とは異なり、0と1の重ね合わせ状態(例えば、0が30%で、1が70%の状態)で表す。現在、量子ビットとして研究されているものには、世界的に有望視されている光子のほかに、核スピン、原子、イオン、超伝導、半導体ナノ構造などがある。

※6 テレポーテーション型量子計算
 特殊な量子もつれをリソースとして用い、入力量子ビットに対して量子テレポーテーションを行うことで、量子ビットがテレポーテーションされると共に演算処理が行われるという形で量子計算が実行される方式。

※7 一方向量子計算
 量子コンピュータ実現に向けて有望視されているテレポーテーション型量子計算の方式。2次元クラスター状の量子もつれ状態を予め準備しておけば、あとは非常に簡単な処理だけで量子計算が行える。

※8 パラメトリック下方変換
 レーザー光パルスを非線形光学結晶に当てたときに、波長が2倍の(すなわち周波数が半分)の光子のペア1対が発生する現象。



図1:量子もつれ(エンタングルメント)
図2:量子テレポーテーション
図3:テレポーテーション型量子計算
図4:一方向量子計算
図5:一方向量子計算の評価



<本件に関する問い合わせ先>

日本電信電話株式会社
情報流通基盤総合研究所
広報担当 池田 裕二
TEL: 0422-59-3663
E-mail: islg-koho@lab.ntt.co.jp

国立大学法人大阪大学
研究推進部 産学連携課 受託・共同研究係
板村 健司
TEL:06-6879-4483 FAX:06-6879-4204
E-mail:ITAMURA-K@star.jim.osaka-u.ac.jp


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