日本電信電話株式会社(以下NTT、東京都千代田区、代表取締役社長:三浦 惺)は、1本の光ファイバで毎秒13.4テラビット(テラは1兆)の超大容量データを光学分散補償※1なしで3,600km伝送することに成功しました。この13.4Tb/sの大容量信号は1チャネル(波長)あたり100Gb/sの信号を134チャネル分多重したものです。10Tb/s以上の大容量光伝送において、伝送距離を世界最長となる3,600kmにまで拡大すると同時に、通信容量と伝送距離の積で表される容量距離積(伝送能力を表す指標)が毎秒48.2ペタビット・キロメートル(= 13.4Tb/s x 3,600km、ペタは1,000兆)となり、世界最高となります(図1)。本伝送実験で用いた技術は、将来の大容量・長距離光バックボーンネットワーク※2を構築するのに有望な技術です。
今回の成果は9月21日からベルギーのブリュッセルで開催されるヨーロッパ光通信国際会議(ECOC2008)にて、ポストデッドラインペーパ※3として9月25日(現地時間)に報告されます。 |
1.背景 |
 | 現在実用化されている光バックボーンネットワークでは、1Tb/s以上の容量の信号(1チャネルあたり40Gb/s容量の光信号を波長多重したもの)が伝送できます。しかし、近年のアクセス系におけるブロードバンド化および映像等のリッチコンテンツの急速な普及とともに、通信トラヒックは年率2倍程度で増え続けており、バックボーンネットワークは通信インフラとしての信頼性を維持しつつ、伝送容量を拡大することが極めて重要になっています。
一方、光バックボーンネットワークにおいては、伝送路で強度が弱くなった光信号を増幅するために、光増幅器を中継装置として伝送経路上に設置しています。これまでの技術では、1チャネルあたり100Gb/sに高速化した10Tb/s以上の大容量データを1,000km以上の長距離にわたって伝送させるには、本中継装置の間隔を短くすることや、中継装置ごとに伝送信号の歪を補償する光学分散補償を行うことが必要でした。実用的な中継間隔で、中継装置構成を簡素化し、伝送距離の延伸を可能とする技術が求められています。
今回、光通信技術に、すでに無線システムで実用化されている技術を新たに応用することで、10Tb/s以上の大容量データを各中継装置において光学分散補償を介さずに、3,600kmの長距離を伝送させることに成功しました。 |
2.伝送実験の概要 |
 | NTT未来ねっと研究所は、周波数の利用効率を向上させるため、無線通信技術に使われている、直交周波数多重(OFDM※4)変復調技術を光通信に応用して、送信信号に2つのサブキャリアから構成される光OFDM信号を用いました。
また、伝送中に生じる信号光の波形歪みを補償するために、受信部に同様に無線通信技術に使われているデジタルコヒーレント技術を応用しました。 これらの技術により、チャネル容量111Gb/sの信号を50GHz間隔で134チャネル高密度波長多重し13.4Tb/sとし、低雑音光増幅中継技術を用い、3,600km伝送させました。周波数利用効率は2bit/s/Hzです。
本実験の成功は、100GbEに代表されるチャネル容量100Gb/sクラスの高速信号を、バックボーンネットワークで用いられるOTN※5フレームを使用して、10Tb/s以上に大容量化した場合でも、3,000km以上の長距離にわたって伝送できる可能性を初めて示すものです。
|
3.技術のポイント |
 | 大容量光伝送分野に、無線で広く実用化されているOFDM変調技術とデジタル信号処理技術を新たに適用しました。また、光増幅中継部において低雑音で光信号を中継する技術を使用しました。
| (1) |
無線技術の応用<1>:デジタルコヒーレント信号処理技術(図2)
受信部ではコヒーレント受信とデジタル信号処理技術を用いています。コヒーレント受信は従来の直接受信に比べて受信感度が2dB程度向上します。OFDMのサブキャリア分離はデジタル信号処理部で行っています。高速な光信号は、光ファイバを伝播する過程で波長分散および偏波モード分散により波形歪みを受け、伝送距離が制限される要因となりますが、デジタル信号処理技術による歪補償を行い、性能を大幅に向上させました。受信波形データをいったん保存後、計算機で信号処理を行っています。従来報告されている100G伝送技術と比較して、波長分散補償量を3.6倍以上(63,000ps/nm以上:SMF3,600kmに相当)向上させ、さらに、波長分散とともに70ps以上の偏波モード分散の同時補償にも初めて成功しました。
|
| (2) |
無線技術の応用<2>:光直交周波数多重変復調技術(図3)
送信部では2サブキャリア光OFDM変調方式を用い、1チャネル(波長)あたり111Gb/sの信号を生成しています。本変調方式は4値位相変調(QPSK※6)方式と偏波多重方式を組み合わせて、ボーレート(変調速度)を13.9Gb/s(111Gb/sの1/8)に低減でき、電気信号処理速度の負荷を軽減すると同時に、光スペクトル帯域を減少させ、周波数利用効率の向上を実現しています。
111Gb/sという速度は100GbEをOTNフレームに収容する場合を想定した速度で、誤り訂正符号バイトや、波長多重管理用オーバヘッドバイトが含まれています。
|
| (3) |
光増幅中継器の広帯域・低雑音化:拡張L帯2次ラマン分布光増幅中継技術 Lバンド帯域を従来の1.7倍(約7THz)に拡大した拡張Lバンド光増幅中継技術と、2次励起後方分布ラマン増幅技術を併用し、50GHz間隔134ch分に相当する信号光を増幅しました。100Gb/s信号を長距離伝送させるためには、伝送過程で生じる雑音累積を抑えることが重要ですが、2次励起の後方分布ラマン増幅を行うことで、低雑音特性を実現し、80kmの中継間隔で伝送距離の延伸化に成功しました。 また、3,600km伝送後の受信特性は、134チャネル全てが、受信限界値以上にとなっています(図4)。
|
| (4) |
キーデバイス NTTフォトニクス研究所では、NTT未来ねっと研究所と連携して、OFDM変調器、波長可変光源ならびにコヒーレント受信用回路を開発しました。光変調器には平面型光集積回路(PLC※7)とニオブ酸リチウム(LN)変調器をハイブリッド実装したPLC-LN変調器を用い、2サブキャリア発生器で生成した2つのキャリアを分離し、各々をQPSK変調後、再度合波することにより2サブキャリアOFDM信号を安定に発生させています。また、光源には従来の波長固定型DFBレーザより線幅が狭い狭線幅波長可変DFBレーザを用いて、コヒーレント受信で問題となる位相雑音を低減させています。コヒーレント受信を行うには、偏波ダイバーシティ型90度ハイブリッドが必要となりますが、将来の小型集積化を見据え、今回はPLC型を使用しました。 |
|
4.今後の予定 |
 | 100Gb/s級高速シリアル長距離伝送技術の実用化、ならびに、経済的かつ高品質な10Tb/s級大容量長距離バックボーンネットワークの実現を目指します。 |
<用語解説>
| ※1: |
光学分散補償 波長により、光ファイバ中を伝わる光の速さが異なるため、長距離伝送すると波形が崩れてしまう。その崩れてしまった光信号を元の波形に戻すこと。
|
| ※2: |
バックボーンネットワーク
インターネットサービスプロバイダ間や、ブロードバンドアクセスネットワーク間などを結ぶ、通信事業者の大容量・長距離の基幹通信回線。
|
| ※3: |
ポストデッドラインペーパ 一般論文投稿締め切り後(ポストデッドライン)に受け付けられる論文で、本分野の研究機関が会議直前の最新技術によって光通信技術の最高性能を競いあう。会議期間内で論文選考がおこなわれ、高く評価された研究成果のみが報告される。
|
| ※4: |
OFDM Orthogonal Frequency Division Multiplexingの略で、無線などで用いられるデジタル変調方式の一つ。複数のサブキャリア(搬送波)を周波数軸上に多重するが、その周波数間隔をサブキャリアのデータ速度の時間間隔(シンボルレート)に等しく配置する。サブキャリアの帯域がお互いに重なるが、混ざらずに受信側で分離できるため、周波数利用効率が高くなる。
|
| ※5: |
OTN Optical Transport Networkの略。国際電気通信連合(ITU-T)で標準化された波長多重技術を用いた光ネットワーク(ITU-T G.709勧告)。
|
| ※6: |
QPSK Quadrature Phase Shift Keyingの略。4つの位相を用いて情報を伝達する変調方式で、オンオフキーイング(ON-OFF keying)に比べ情報量を2倍にできる。
|
| ※7: |
PLC PLC:Planer Lightwave Circuitの略。石英ガラスを光導波路とした平面型光集積回路で、波長多重における波長合分波器や、マッハツェンダ型光スイッチなど種々の複雑な受動光部品をコンパクトに集積化できる。 |
|