AIST NTT NiCT
2008年10月10日
(報道発表資料)
独立行政法人産業技術総合研究所
日本電信電話株式会社
独立行政法人情報通信研究機構


テラヘルツ帯の広帯域・超低雑音受信器の開発に成功
〜 高精度汎用計測器や災害現場での
遠隔ガス検知器実現の基盤技術として期待 〜


 独立行政法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という。理事長:吉川 弘之)と、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。代表取締役社長:三浦 惺)は、独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原秀夫)の委託研究であり、総務省が推進している「ICTによる安全・安心を実現するためのテラヘルツ波技術の研究開発」の支援を受け、広い周波数範囲のテラヘルツ波を、単一の受信器にて高感度で検出することに成功しました。従来は3台以上の受信器が必要とされていた周波数領域が、本技術により一台の受信器でカバーできるようになりました。これにより、テラヘルツ帯における高精度・汎用計測器使用や、災害現場における危険ガスの遠隔検知が実現すると期待されます。なお、本技術の詳細は、平成20年10月20(月)及び21日(火)に産総研つくばセンターで開催する「産総研オープンラボ」で公開いたします。


【背景】
 近年、光と電波の境界領域の電磁波「テラヘルツ波*1」を扱う研究が活発化しています。一酸化炭素、塩化水素、シアン化水素、二酸化硫黄などの有毒ガスは、テラヘルツ帯に固有の吸収スペクトルを持つため、テラヘルツ波を用いることで空気中に含まれるこれら危険なガスの濃度を測ることができると考えられています。しかし、テラヘルツ波は、未開拓周波数帯の電磁波と呼ばれ、そのままではパワーや周波数を正確に測定することが困難です。よって、汎用計測機器の豊富なマイクロ波*2帯の電気信号に忠実に周波数変換するヘテロダイン技術*3は、上記のような目的でテラヘルツ波を利用する場合に欠かせない技術です。ヘテロダイン技術に基づく受信器の性能や使い勝手は、受信器を構成する周波数変換器(ミキサー*4)と基準信号発生器(局部発振器*5)という2つの部品に大きく左右されます。これまで、テラヘルツ帯においては、適当なミキサーと局部発振器がなかったため、他の周波数帯のような性能と使い勝手の良さを兼ね備えた受信器が存在しませんでした。


【今回の成果】
 本共同研究グループは、超伝導技術をベースとした低雑音・広帯域型ミキサー*6と、光技術をベースとした広帯域・高出力型局部発振器*7を開発しました。そして、これら両技術の融合(図2)により、従来、周波数帯の異なる複数のヘテロダイン受信器を揃えねばならなかった中心周波数の86%に相当する広い帯域を、単一受信器でカバー(図1)するとともに、74%もの帯域において、量子雑音限界*8の20倍以下の超低雑音性を得ることに、世界で初めて成功しました。また、ガスが放射する微弱テラヘルツ波を受信し、ガス種・濃度を同定する分光放射計*9に、本技術を応用できることを実証(図3)しました。


【今後の展望】
 今後、周波数分解能を更に向上させることにより、高信号純度の発振器評価に応用できる計測器の実現を目指します。また、可視光や赤外光と異なり、テラヘルツ波は煙霧や炎などを透過する性質があります。したがって、人が近付くことが困難な災害現場などにおいても、今回開発した受信器を用いることにより、離れた場所から危険ガスの発生を知ることが出来るようになると考えられます。このようなシステムの実現を目指して、光学系を始めとする諸技術の開発を進めてまいります。


<用語 解説>
*1 テラヘルツ波
 103を「キロ(k)」と呼ぶのと同様に、109を「ギガ(G)」、1012を「テラ(T)」と呼ぶ。「ヘルツ(Hz)」は交流電気信号や電磁波が、1秒間に何回極性(プラスとマイナス)を変えるかを示す、周波数と呼ばれる物理量の単位。つまり、1テラヘルツ(1THz=1,000GHz)は、1秒間に1×1012回極性を変える電磁波の周波数である。周波数範囲が0.1〜10 THzの電磁波を総称して、テラヘルツ波と呼ぶ。

*2 マイクロ波
 周波数が、およそ1×109〜3×1010Hzの範囲の電磁波の総称。

*3 ヘテロダイン技術
 そのままでは解析が困難な高い周波数領域の信号を、解析に適した低い周波数領域の信号に忠実に変換し増幅する技術をヘテロダイン技術、その動作を司る受信器をヘテロダイン受信器という。この技術を適用できる前提条件は、計測対象の電磁波領域において、任意の周波数で高純度な単一周波数信号を発生できる信号源(局部発振器)と、それを周波数変換の基準信号とすることのできる低雑音で変換効率の高い周波数変換器(ミキサー)が存在することである。

*4 ミキサー
 ヘテロダイン技術の項を参照のこと。

*5 局部発振器
 ヘテロダイン技術の項を参照のこと。

*6 超伝導技術をベースとした低雑音・広帯域型ミキサー
 二つの超伝導電極を、厚み約1nmの極薄酸化膜で挟んだ構造の超伝導接合の電流電圧特性は、半導体ダイオードの電流電圧特性に比べ極めて強い非線形性を示す。よって、この電子素子に2つの異なる周波数の電磁波を照射すると、その差の周波数の出力信号を高効率に取り出せるミキサーが実現される。単体の超伝導接合では、狭い周波数帯域しかカバーできないが、複数の超伝導接合から成るミキサーに、このミキサーと相性の良い受信アンテナを併用するとともに、電気回路上の工夫により帯域を拡大できる。産総研はこの点に着目し、従来技術では40%以下であった帯域を60%以上に拡大した。

*7 光技術をベースとした広帯域・高出力型局部発振器
 化合物半導体を材料とするダイオードに外部から光を照射すると、マイナスの電気を帯びた電子とプラスの電気を帯びたホールが生成され、電流電圧特性が変化する。この現象を利用して、光信号を電気信号に変換する電子デバイスをフォトダイオードという。一般的なフォトダイオードでは、電子とホールの両方が、ダイオード電流に寄与する。応答速度は電子が速く、ホールは遅いため、ホールによる電流を抑制し、電子による電流のみとすれば、フォトダイオードの応答速度を増大できる。NTTはこの点に着目し、ダイオード構造の工夫によりこの概念を実現し、応答周波数を数百GHzにまで高め、高出力のフォトダイオードを開発した。この技術をベースとした局部発振器をいう。

*8 量子雑音限界
 ヘテロダイン受信では、信号の強度と位相の2つの物理量が同時に測定できる。しかし、極微小な強度かつ極微小な位相を同時に得ようとすると、それらの積には量子理論に基づく最小値が存在する。位相を時間微分すると周波数なので、このことは、ある周波数において測定できる雑音の大きさには理論限界が存在し、その値は周波数に比例して大きくなることを意味する。この限界値を量子雑音限界と呼ぶ。

*9 分光放射計
 電磁波強度(電力)の周波数依存性を得ることにより、被測定物の同定・識別や、発振器等電子・光学デバイスの特性評価を行うための計測を分光と呼ぶ。分光は、照射源から被測定物に電磁波を照射し、その透過波や反射波の情報を得る能動分光と、被測定物が熱的あるいは自発的に放射する電磁波を検出する受動分光に大別される。分光放射計は後者に用いる計測器。



図1: 従来型テラヘルツ波受信器と、今回開発した受信器との違い
図2: 開発したヘテロダイン受信器とガス放射分光計の構成
図3: 亜酸化窒素ガススペクトルの測定結果(赤実線)と理論値(青点線)



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