2009年4月30日
日本電信電話株式会社
九州大学


受容体の時間的な形状変化を観察することに成功
〜ATP受容体の構造変化メカニズムを解明〜


 日本電信電話株式会社(以下NTT、本社:東京都千代田区、代表取締役社長:三浦惺)は、九州大学(福岡県福岡市、総長:有川節夫)と連携して、神経などの細胞に存在し、細胞間の情報伝達に重要な役割を果たすタンパク質である「受容体イオンチャネル(※1)(以下、受容体と略す)」の形状や形の時間的変化を、生体機能を維持したまま、原子間力顕微鏡(AFM)(※2)を用い、1分子(※3)単位で、ナノメートル(ナノは10億分の1)のスケールで直接観察することに成功しました。
 従来、1分子の受容体をAFMで観察するには、受容体をAFMの基板に安定させることが必要でしたが、受容体と基板の間で発生する電気的な反発や相互作用の弱さにより、非常に困難でした。今回は、受容体と基板間の電気的な相互作用を任意の強さで調節することで、受容体の生体機能を維持したまま、受容体を基板に安定させることを実現しました。これにより、受容体の形状やその時間的変化の観察が可能となり、受容体のひとつであるATP受容体(※4)の構造変化メカニズムを解明しました。
 本成果は、ATP受容体をはじめとした様々な受容体や、他の生体分子を観察する際に、安定した状態で基板へ配置する技術として用いることができ、広い範囲での生理機能の解明や、生体分子のメカニズムを組み込んだ電子素子の開発などに寄与できるものと期待されます。
 今回の成果は、2009年5月5日(太平洋標準時)の米国科学誌プロスバイオロジーオンラインジャーナルに掲載される予定です。


<研究の背景と経緯>
 NTT物性科学基礎研究所(以下、NTTの研究所)と、九州大学大学院薬学研究院薬理学講座井上和秀教授研究グループ(以下、九州大学の研究グループ)では、脳の情報伝達のメカニズムを解明するため、脳の細胞間での情報伝達の中心的な役割を果たしている受容体に注目しています。脳では、神経細胞がネットワークを作っており、その中心的な役割を果たす受容体のメカニズムを利用することが可能になれば新たな通信技術へ応用できます。
 受容体は、化学物質が結合することにより形状が変化し細胞の中に情報を伝えると考えられていますが、どのような形状の変化が情報を伝達する時に起こっているかは正確には分かっていません。受容体がどのように形状を変化し、細胞内に情報を伝えるかのメカニズムを解明し、模倣することができれば生体の情報通信の一部を再現することが可能となります。
 NTTの研究所が持つ高度なナノテクノロジーと九州大学の研究グループが持つバイオテクノロジーを駆使することで、新たなナノバイオテクノロジーの研究スタイルを確立することを目指しています。


<研究の成果>
 神経の情報伝達など体の様々な機能にとても重要であるにもかかわらず、その構造や活性化に伴う構造変化(図1)について直接的には観察されていなかったATP受容体について、基板に安定させることでAFMでの観察を可能とし、ノイズの少ない静止画像や高速な構造変化などの情報を得ることを実現することにより、これまでに推測されていた、3つの部分構造が集合した構造で形成される三量体(※5)であるATP受容体の形状や形状の変化を直接的に観察し確認することに成功しました。
 この観察結果と機能解析の結果をもとに、ATP受容体の新しい構造変化メカニズムを解明しました。
 今回の研究成果は、九州大学で人工的に細胞の遺伝子を操作して作らせた受容体の表面形状をNTTの研究所の持つ測定技術を用いて観察した結果得られた成果です。


研究のポイント
1) 基板とATP受容体との相互作用を最適化して高解像度観察、ダイナミクス観察に成功
 ATP受容体の観察には、AFM用の基板に安定させる必要があります。しかし、AFMの基板とATP受容体間の電気的な反発や相互作用の弱さにより、観察中に受容体が揺ぐ、もしくは移動してしまう問題がありました。
 この問題をAFMの基板をプラス、ATP受容体表面をマイナスに荷電させることで電気的に接着力を強くすることで解決し、AFMによる観察を可能とし、高解像度の画像を得ることを実現しました(図2)。また、接着が強すぎると生体機能が失われ、ダイナミックな動きは観察できません。そこで接着力を最適化し、解像度を損なわない程度に調整することで、ダイナミックな形状の変化を観察することに成功しました(図3)。

2)構造変化メカニズムの解明
 ATP受容体の形状や構造変化の観察と、その機能を解析することにより、新たな構造変化メカニズムを解明(図4)しました。今回明らかになった構造変化メカニズムは、それを通信技術に応用する、また素子に組み込むことによって利用することができます。また、このような構造変化によって起こる体内での反応を活用した創薬等に貢献することができます。


<今後の展開>
 生体内での情報伝達のしくみを理解することで、これを応用した次世代の通信技術の構築につながります。また、受容体と電子素子とを融合した新規デバイス開発に応用が可能です。受容体の構造変化のメカニズムを用いた、省電力な大容量、超高速ネットワークへの応用、生体内モニタリングや医療情報サービス。感覚情報(嗅覚、味覚、触覚など)とのインターフェイスによる臨場感あふれる質感通信技術の実現に向けた要素技術への研究開発に進めていく予定です。


<参考>
 本研究の一部は独立行政法人科学技術振興機構(東京都千代田区、理事長:北澤宏一)戦略的国際科学技術協力推進事業での日英研究交流課題「単一 受容体タンパク質の動的構造変化と機能の相関」(英国側研究代表者:オックスフォード大学 物理学部/バイオナノテクノロジーIRC 教授 John Ryan)および、財団法人ヒューマンサイエンス振興財団(東京都中央区、理事長:下田智久) 厚生科学研究費補助金の援助を受けて行われました。


[用語解説]
※1 受容体(イオンチャネル):
 細胞外の情報を細胞内に伝えるタンパク質の1種。低分子化合物などが結合して活性化すると構造変化が起こり、情報を伝達します。今回対象としているのは活性化すると穴が開き、その中をイオンなどが通過するタイプの受容体です。

※2 原子間力顕微鏡(AFM):
 1980年代に開発された顕微鏡で、水溶液中の試料でも使用が可能であり,ナノメータースケールの測定機能を持つため、近年では、タンパク質、核酸、脂質など生体分子の観察に使用され始めています。

※3 1分子:
 本文中では、1つのATP受容体(イオンチャネル)を「1分子」として記述しています。
 1分子=1つのATP受容体(イオンチャネル)=1つの三量体として表しています。

※4 ATP受容体(イオンチャネル):
 ATP(アデノシン三リン酸)は通常、細胞の中に非常に高濃度で存在し、あまねく細胞のエネルギーの源として用いられる非常に重要な物質です。このATPは細胞の中だけではなく、細胞の外にも放出され、細胞間の情報通信に使用されることが明らかになってきました。細胞の外に放出されたATPは、ATP受容体と結合することによって情報を細胞の内側に伝達します。近年では、生体内の多くの重要な機能に関係することが明らかとなってきています。
 ATP受容体は三つの部分構造が集合(三量体)して、イオンチャネルと呼ばれる状態で機能します。ATP受容体はナトリウム、カルシウムイオンなどを透過することで機能を発揮します。今回の研究以前は、上記の構造は機能的な解析から推定されているだけでしたが、今回の研究結果より、三つの部分構造が集合してイオンチャネルを形成する、活性化すると構造が変化することなどが直接的な証拠として示されました。

※5 三量体:
 複数の部分構造を作るタンパク質が集合して一つの機能単位として存在する場合、その集合する数に応じて「〜量体」と呼びます。例えば、三つの部分構造の場合は三量体、四つの部分構造の場合は四量体などと呼びます。


<論文名>
 "Direct observation of ATP-induced conformational changes in single P2X4 receptors"
 (単一P2X4受容体のATP刺激による構造変化の直接観察)



<別紙>
・掲載された論文の概要
図1ATP受容体の構造と活性化による変化のメカニズム
図2AFM基板とATP受容体との相互作用とそれに適した観察
図3ATP受容体の穴の変化とAFMで観察される構造
図4ATP受容体の構造変化モデル



<本件の問い合わせ先>
NTT先端技術総合研究所
(物性科学基礎研究所)
企画部 広報担当
TEL:046-240-5157
http://www.ntt.co.jp/sclab/contact.html

九州大学広報室
TEL:092-642-2106
FAX:092-642-2113
MAIL:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
URL:http://www.kyushu-u.ac.jp/

(九州大学の研究に関すること)
九州大学大学院薬学研究院薬理学講座
教授 井上 和秀
TEL:092-642-4729
FAX:092-642-4729
Mail:inoue@phar.kyushu-u.ac.jp


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