2009年7月27日

日本電信電話株式会社
国立大学法人東京工業大学


多機能な二量子ビット演算素子の開発に成功
〜「制御反転演算」「交換演算」を1つの素子で実現〜


 日本電信電話株式会社(以下NTT、本社:東京都千代田区、代表取締役社長:三浦 惺)と国立大学法人東京工業大学(東京工業大学;東京都目黒区、学長:伊賀 健一)は、半導体の微細加工によって「電荷量子ビット※1」を集積化し、複数種の二量子ビット演算が可能な「多機能量子演算素子」の開発に成功しました。これは、量子情報処理に必要な「制御反転演算※2」や、量子ビットの情報を交換する「交換演算※3」などの複数の機能を1つの素子で実現できることを示した成果であり、量子コンピュータなどの量子情報技術への応用が期待されます。
 今回得られた成果は米国科学誌「Physical Review Letters」の2009年7月28日(日本時間29日)発行の電子版に掲載される予定です。


<研究の背景>
 量子力学の原理に基づく並列計算を利用した量子コンピュータは、従来のコンピュータをはるかに凌ぐ計算能力が期待されています。最先端の研究機関では、最も重要な量子情報技術である二量子ビット演算を実現する素子の研究が進展しています。二量子ビット演算を行うためには、何らかの相互作用で二つの量子ビットを結合する必要があります。例えば、超伝導電荷量子ビットにおいては、静電相互作用を用いて量子コンピュータにおける加算や乗算を実現するために必要な「制御反転演算」を実現しています。また、半導体を用いた電子スピン量子ビットにおいては、交換相互作用によって2つの量子ビットの情報を交換する「交換演算」が実現されています。これらの複数種の二量子ビット演算を組み合わせることにより効率的な量子情報処理を行うことができますが、従来の素子ではどちらか1種類の演算しか実現されていませんでした。本成果は、1つの素子で「制御反転演算」や「交換演算」などの複数の機能的な二量子ビット演算をそれぞれ1ステップで実現する多機能量子演算素子の開発に成功したものです。


<研究の成果>
 半導体電荷量子ビットでは、1個の電子が2個の量子箱のどちらに入っているかによって「0」と「1」の情報を表します。2個の量子ビット(4個の量子箱)を集積化した素子(図1)を用いて、下記の2種類のコヒーレント振動※4を観測し、複数の二量子ビット演算を実現しました。「制御反転演算」と「交換演算」の両方を実現できたのは世界で初めてで、この2つの演算により, 効率的な量子情報処理を行うことが可能になります。

<1> 「制御反転演算」(条件付きコヒーレント振動)
 「制御反転演算」は、第2量子ビットの値が「1」であるときにのみ、第1量子ビットの情報を反転する演算です。ゲート電圧をある値に設定すると第2量子ビットの値を「1」に準備することができます。その状況で、第1量子ビットに高速電圧パルス信号を印加することにより、第1量子ビットの情報が「0」と「1」の間を周期的に変化する「条件付きコヒーレント振動」の観測に成功しました(図2のA)。振動の半周期分の電圧パルスを印加することで「制御反転演算」を実現することができ、1周期分の電圧パルスを印加すると(すなわち、制御反転演算を2回行うと)元の状態にもどります。このような周期的な変化を示すことは、量子干渉性が存在すること、すなわち量子コンピュータの演算素子として利用可能であることを示しています。

<2> 「交換演算」(相関コヒーレント振動)
 「交換演算」は、2つの量子ビットの情報を交換する演算で、二量子ビットの情報が「01」(第1量子ビットが「0」、第2量子ビットが「1」)と「10」の情報を入れ替えることにより実現できます。<1>と異なるゲート電圧条件において第1量子ビットに高速電圧パルス信号を印加すると、第1量子ビットの情報が「0」から「1」に変化するのと同期して第2量子ビットの情報が「1」から「0」に変化し、逆に第1量子ビットの情報が「1」から「0」に変化するのと同期して第2量子ビットの情報が「0」から「1」に変化する現象の観測に成功しました(図2のB)。2つの量子ビットの値が相関を伴って振動することから、「相関コヒーレント振動」と呼ぶことができます。このように2つの量子ビットの情報が逆位相で周期的に変化する場合、振動の半周期分の電圧パルスを与えることによって「交換演算」を実現でき、1周期分の電圧パルスで元の状態にもどります。周期的な変化を示すことは、量子コンピュータの演算素子として利用可能であることを示しています。
 さらに、別のゲート電圧条件にすると、2つの量子ビットの情報が同位相で周期的に変化する「相関コヒーレント振動」も実現可能であり、従来考えられていなかった新しいタイプの二量子ビット演算も実現できることを示しました。


技術のポイント(多機能量子演算素子の実現方法)
 NTTでは2003年に半導体電荷量子ビットによる一量子ビット演算に世界に先がけて成功しています。今回の成果は、継続的に培われた半導体微細構造作製技術と高速パルス測定技術により達成されたものです。
 半導体電荷量子ビットにおいては、電子状態のエネルギーが一致(共鳴)したときに電子の移動(トンネリング)が周期的(コヒーレント)におこる現象を利用します。「制御反転演算」は、二量子ビットの状態が「01」のときのエネルギーと「11」のときのエネルギーを一致(共鳴)することにより生じる「条件付きコヒーレント振動」を利用しています。この場合、振動する電子は第1量子ビットの1個です。それに対して、「交換演算」は、「01」状態と「10」状態のエネルギーを一致(共鳴)することにより生じる「相関コヒーレント振動」を利用しています。この場合、第1量子ビットの電子だけでなく第2量子ビットの電子も振動し、2つの電子が相関をもって振動します。今回の成果は、「条件付きコヒーレント振動」と「相関コヒーレント振動」の両方をひとつの素子で実現したものです。
 半導体電荷量子ビットでは、「00」「01」「10」「11」の4つの電子状態のエネルギーを外部電圧の設定によって自在に変化させることができるため、さまざまな共鳴条件を実現することができます。これによって、はじめて「条件付きコヒーレント振動」や「相関コヒーレント振動」といった多機能量子演算素子が可能になりました。


<今後の展開>
 「条件付きコヒーレント振動」と「相関コヒーレント振動」の観測により、複数の二量子ビット演算をそれぞれ1ステップで実行できる多機能量子演算素子を実現しました。このような複数の機能を有する量子情報デバイスは、量子コンピュータの重要な要素技術となると考えており、量子もつれ状態などの不思議な量子力学の世界を半導体チップのなかで実現できるようになると期待しています。半導体ナノデバイスの優れた制御性・集積性を利用して、本成果を発展するとともに量子コンピュータの実現を目指します。

 この研究は、総務省戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)「半導体ナノ構造による量子情報インターフェースの研究」(研究代表者:藤澤利正)、日本学術振興会科学研究費補助金「表面弾性波による半導体量子構造の電子状態の観測と制御」(研究代表者:藤澤利正)、東京工業大学グローバルCOEプログラム「ナノサイエンスを拓く量子物理学拠点」(拠点リーダー:斎藤晋)の援助を受けて行われました。


<論文名>
 "Correlated Coherent Oscillations in Coupled Semiconductor Charge Qubits"
  (結合した半導体電荷量子ビットの相関コヒーレント振動)


<用語解説>
※1 「電荷量子ビット」:   ※1「電荷量子ビット」
 半導体電荷量子ビットは、右図のように2つの箱(量子箱)の中の1つの電子として考えることができ、左の量子箱に電子がある場合を「0」、右の量子箱に電子がある場合を「1」と表すことができる。これらの「0」と「1」の重ね合わせ状態を作れることは「コヒーレント振動」の観測によって確認することができる。

※2 「制御反転演算」:   ※2「制御反転演算」
 制御ノット(CNOT)ゲートとも呼ばれ、右図の真理値表のように量子ビットBの値が1のとき、量子ビットAの値を反転する演算。量子計算における最も重要な二量子ビット演算である。電荷量子ビットの制御反転演算は、1995年に静電相互作用を利用した理論提案がなされ、2003年に超伝導電荷量子ビットによって実現された。

※3 「交換演算」:   ※3「交換演算」
 スワップ(SWAP)ゲートとも呼ばれ、2つの量子ビットの情報を交換することができる。右図の真理値表のように「01」と「10」の情報を交換すると考えてもよい。多数の量子ビットが集積化された場合、隣り合う量子ビット間しか相互作用がない系では、「交換演算」を用いて遠く離れた量子ビット間の演算を行うために用いられる。また、交換演算の途中の過程では、量子もつれ(エンタングルメント)と呼ばれる特異な量子状態が形成されることも注目される性質である。

※4「コヒーレント振動」: 
 2つの状態の間の遷移が周期的で干渉性がある場合にコヒーレント振動が観測され、量子力学における重ね合わせの原理が成り立っていることを示している。量子コンピュータでは、量子力学的な重ね合わせの原理によって並列計算を行うため、コヒーレント振動が観測されることは、量子コンピュータの素子として利用可能であることを示している。



図1 「多機能量子演算素子」の電子顕微鏡写真
図2 コヒーレント振動測定例



<本件の問い合わせ>
NTT先端技術総合研究所
(物性科学基礎研究所)
企画部 広報担当 飯塚
TEL:046-240-5157
http://www.ntt.co.jp/sclab/contact.html
<東京工業大学への取材に関するお問い合わせ>
国立大学法人東京工業大学 
評価・広報課 広報・社会連携グループ
遠藤
TEL: 03-5734-2975
E-mail: kouhou@jim.titech.ac.jp

<東京工業大学への研究内容に関する問い合わせ>
国立大学法人東京工業大学
極低温物性研究センター
藤澤
TEL: 03-5734-2750
E-mail: fujisawa@phys.titech.ac.jp



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