
平成9年3月3日
温度変化に強い光波長フィルタを開発
─次世代の光通信技術であるフォトニック・ネットワークの実現に向け前進─
NTTでは、温度が変化してもフィルタ波長の特性が変動しない新しい原理に基づい
た光波長フィルタを開発し、その実証実験に成功しました。
この光波長フィルタは半導体アレイ導波路格子と呼ばれ、プリズムのように1つの光
からいくつもの光を波長ごとに分けたり、また逆に異なる波長の光を合わせて1つの光
にする働きをする光部品で、波長多重通信方式*1という次世代の大容量光通信システ
ムには欠かすことのできないキーデバイスです。
これまでの半導体光部品では、温度が変化するとフィルタ波長が変化してしまうとい
う問題がありましたが、今回独自の手法によりこれを解消し、半導体光波長フィルタの
実用化へ向けて大きく前進しました。
半導体光フィルタは従来のガラス製フィルタよりも小型化が可能であり、半導体レー
ザやフォトダイオードなどの半導体素子との集積化も容易です。さらに今まで必要であ
った冷却用素子を省略することができるため、通信機器の小型化、省エネ化、低コスト
化の可能性が開けました。
NTTでは、今後本波長フィルタの実用化を進めて光交換機などへ導入し、マルチメ
ディア時代のインフラとなるフォトニック・ネットワーク*2の実現に貢献していく予
定です。
<開発の背景>
NTTでは、21世紀初頭のマルチメディア成熟期に向けたビジョンとしてエレク
トラム・サイバー・ソサエティー*3、メガ・メディア*4、フォトニック・ネットワ
ークの3つを掲げて研究開発を進めています。その中の1つであるフォトニック・ネッ
トワークは、将来予想されるマルチメディア時代の膨大な通信情報量に対応するための
超大容量かつ高機能な光通信網です。このフォトニック・ネットワークでは様々な波長
の光を自由自在に利用して通信を行う、高度な波長多重通信技術が重要となりますが、
光波長フィルタはこのフォトニック・ネットワークの分岐点ごとに置かれて、様々な波
長の光を多重化したり、多重化された光信号を波長ごとに分離したりするキー部品とな
ります。
NTTの研究所では、これまで光通信技術を先導してきた光ファイバ技術、LSI技
術を生かして、PLC(Planar Lightwave Circuit:平面光
波回路)と呼ばれる独自の光部品を開発してきた実績を持っています。今回はこれらの
技術的蓄積の上に、従来のガラス材料に比べ光集積回路により適した半導体材料を用い
て、新しい光機能回路の開発を行ったものです。
<技術のポイント>
(1)光波長フィルタに対する温度の影響
今回開発した光波長フィルタは、光が通る導波路を何本もアレイ状に並べたもの
で、多くの波長の光信号から目的の波長の光信号のみを取り出すことができます。
ところが、このフィルタを半導体で作ると、半導体には温度の上昇にともない屈折
率が高くなるという性質があるため、高温では取り出せる光が目的の波長より長い
光になってしまうという問題がありました。
NTTでは新たに考案した原理を用いて、フィルタ波長の温度変化を抑制し、常
に一定の波長を取り出すことに成功しました。
(2)フィルタ波長を温度無依存化する方法
温度に依存することなく、取り出せる光信号の波長を一定とするためにNTTが
考案したのが、屈折率の温度変化の度合(屈折率温度勾配)が異なる2種類の半導
体を継ぎ合わせた構造の導波路を形成する方法です。
すなわち、
・短い導波路には屈折率温度勾配が大きい半導体の割合を多く
・長い導波路には屈折率温度勾配が小さい半導体の割合を多く
することで、温度変化に起因する導波路間の長さの変化をキャンセルさせてフィル
タの波長を一定に保つことに成功しました。
(3) 試作したアレイ導波路格子フィルタ
今回試作した光波長フィルタは、アレイ導波路格子と呼ばれるもので、これは光
の通り道である導波路を少しづつ長さを変えて何本もアレイ状に並べたものです。
(2)項で説明した原理を30本のアレイ導波路すべてに適用し、通信に使われる
波長1.55ミクロンにおいて、フィルタ波長間隔が400GHzの8チャンネル
光フィルタを試作しました。
実際の素子においては、導波路をという半導体で製作し、この化合物の組成比を
MOVPE*5技術により制御することにで屈折率の温度依存性を変えた2種類の
導波路を用意しました。また素子の作製にはドライエッチング*6など最新の微細
加工技術を使用しました。
実験の結果、温度による波長の変動は、摂氏0.01nm/度以下に抑えられて
いることが確認され、良好な温度特性を持った半導体アレイ導波路格子フィルタが
初めて実現されました。
<今後の展開>
温度が変化しても波長特性の変動がない光フィルタを半導体で実現することに成功
したという今回の成果は、学術レベルにとどまらず、今後のフォトニック・ネットワ
ークの実現へ向けて大きなインパクトを与えるものといえます。
NTTでは、今後も温度に依存しない光部品の開発へ向けて研究開発を進めていく
予定です。
<用語解説>
*1)波長多重通信方式
光通信において、異なる波長の光を1本の光ファイバに多重化して伝送する方式で
す。伝送容量の大容量化に有用なほか、波長ルーチングなどネットワークを高度化す
る技術としても重要です。
*2)フォトニック・ネットワーク
電話に代わってメガメディアがトラフィックの主流になると、極めて超高速・大容
量の通信を実現するためのネットワーク基盤技術が必要となります。この次世代のネ
ットワーク基盤技術を「フォトニック・ネットワーク」と呼び、光波通信によりテラ
ビット、ペタビットレベルの全光化ネットワーク技術で、光を波長として利用した情
報伝達となり、信号増幅やスイッチングなど全ての処理を光レベルで実行します。
*3) エレクトラム・サイバー・ソサエティー
エレクトラムとは、古代ギリシャ貨幣に使われた琥珀金を意味する、電気の語源と
なった言葉です。エレクトラム・サイバー・ソサエティーは電子的な情報や商品、貨
幣が流通する豊かな未来社会を指す語で、21世紀に向けたNTTのアプリケーショ
ン技術の総称として位置づけられています。
*4)メガ・メディア
電話に代わってメガビットクラスの情報流通を可能にするメディアのことで、レク
トラム・サイバー・ソサエティーを支えるサービスとして位置づけられています。N
TTでは2005年までに10メガビットの情報を1秒以内に全国どこへでも転送で
きるマルチメディア・ネットワークサービスを月額1万円程度のコストで実現するこ
とを目標にしています。
*5)MOVPE(Metalorganic Vapor Phase Epi−
taxy:有機金属気相成長法)
半導体基板上に化合物結晶を成長させる方法で半導体レーザなどの製造に用います
。有機金属化合物と水素化合物を熱分解して基板上に推積させるため、原料の比率等
で化合物の組成を制御することができます。
*6)ドライエッチング
半導体をハロゲン系ガスなどを用いて加工する技術で、光導波路などミクロン単位
の光回路パターンでも精度よく微細加工することができます。