日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:三浦惺、以下NTT)と、京都大学(京都府京都市、総長:松本紘、以下京都大)は、量子コンピュータ※1実現への障壁を大きく緩和する誤り耐性方式を開発しました。
量子コンピュータに必須な量子ゲート※2は、確実に正しい演算をすることはなく、ある程度の誤り確率をもつため、量子コンピュータを実現するためには、演算の誤り訂正を行う技術の実現が必須となります。演算の誤り訂正を行うためには、ある程度誤り確率の低い量子ゲートが必要であるとこれまで考えられていましたが、今回、誤り確率が非常に高い量子ゲートを用いても量子計算が可能となる誤り耐性のある量子計算方式を世界で初めて示しました。
今回開発した方式により、誤りの大きな既存のデバイスも量子ゲートの実装に用いることが可能となり、量子コンピュータの実現に向けて大きく近づいたといえます。
本成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に受理され、近日中に掲載されます。
|
<研究の背景> |
量子コンピュータでは、量子力学の原理による超並列演算処理が可能となり、現状のコンピュータをはるかに凌ぐ性能が得られます。しかしながら、量子状態は外界の影響による雑音を受けやすいことから、多少の誤りがあっても誤り訂正を行いながら計算を進めることのできるフォールトトレラント量子計算の実装なくしては量子コンピュータの実現は考えにくく、フォールトトレラント量子計算は量子コンピュータ実現のための最重要課題の一つとされています。
フォールトトレラント量子計算の実現が難しい大きな原因の一つは、現実的なデバイスを考慮すると、確実に正しい演算をする量子ゲートの実現は非常に難しく、成功する確率があまり高くない確率的ゲート※3(図1)とならざるを得ないことです。これまでに成功確率50%以上の量子ゲートを用いてフォールトトレラント量子計算が可能であることは知られていましたが、線形光学素子などの既存のデバイスを用いた量子ゲートは検出器の効率を含めると50%未満の成功確率になってしまうことが課題でした。
|
<本方式の特徴> |
今回開発した方式では、演算の成功確率に制限がなく、原理的には任意に小さい成功確率の量子ゲートを用いてフォールトトレラント量子計算を行うことが可能です。
今回の方式の特徴を以下にまとめます。
| (1) |
計算モデルとして測定モデルの一方向量子計算を導入 |
量子計算のモデルは、大きく分けて従来型の回路モデル(図2)と近年研究が進む測定モデル(図3)の2種類に分けられます。回路モデルでは、量子状態が破壊されないように保ちながら量子ゲートを順に施すことで計算を進めますが、その結果、量子ゲートの誤りが積っていくことが課題とされています。一方、測定モデルでは、量子ゲートを用いて初めに量子もつれ(エンタングルメント)※4を計算のリソースとして用意し、その後は、処理の簡単な測定を行うことで計算を進めます。量子もつれが準備出来た後は量子ゲートの必要がないので回路モデルのように計算中に誤りが積らないという利点があります。
フォールトトレラント量子計算に用いる符号は、大きく分けて2種類に分けられます。従来型の連結符号(図4)と近年開発されたトポロジカル符号※5(図5)です。連結符号では従来のブロック符号を繰り返し用いることで誤り訂正を行いますが、現実的な物理系(例えば、量子ゲートは近接相互作用のみとするなど)を考慮すると必要な量子ゲート数が膨大になり、またその結果として非常に小さな誤りしか訂正できなくなるという困難があることが分かっています。一方、トポロジカル符号は、現実的な物理系を考慮して量子ゲートは近接相互作用のみとすることを念頭において考案された新しいモデルであり、連結符号のような困難はありません。さらにトポロジカル符号は、一方向量子計算※6を自然な形に実装できるという特徴があります。
| (3) |
誤りの大きな確率的ゲートを用いてトポロジカル符号一方向量子計算のリソース生成に成功 |
一方向量子計算においては、リソースとなる量子もつれを生成できればその後は簡単な操作で量子計算が行えます。よってリソースをいかにして生成するかが量子計算を実現する鍵となります。今回、原理的には任意に小さい成功確率の量子ゲートを用いても、分割統治法※7を効果的に用いることによりトポロジカル符号一方向量子計算のリソースの生成が効率的にできること、つまりフォールトトレラント量子計算が可能となることを示しました(図6)。これは、一方向量子計算とトポロジカル符号を共に導入することにより可能になったことであり、従来の回路モデルや連結符号を用いた方式に対しては、成功確率50%未満の量子ゲートを用いる方法はありませんでした。
|
<今後の展望> |
|
今回の方式により、これまで使用できなかった誤りの大きなデバイスを用いても量子ゲートを実装することが可能となり、量子コンピュータ実現に大きく近づきました。量子ゲートの成功確率は小さくなっても構わないので、誤りを検出して取り除ける形に量子ゲートを構成し、検出不能なエラーが小さくなるようにすることで、フォールトトレラント量子計算が可能になります。例えば、線形光学素子による原理的に避けられない確率的誤り、また光子の生成率や検出率の低さによる主要な誤りはこれにより取り除くことができます。本研究成果は、現状ではまだ課題が多い量子コンピュータの実現に向けて、既存の技術を用いた低コストなエンジニアリングの可能性を示唆するものであり、様々な物理系において実装法を再検討する期待が持てます。今後は具体的な実装法の検討および実証実験を進めていく予定です。
|
<用語解説> |
※1 量子コンピュータ
量子ビットを複数個配列した構造(量子レジスター)に様々な演算をさせることにより、情報処理を行うコンピュータのこと。演算途中の状態で「重ね合わせ」という量子特有の状態を扱えるため、素因数分解やデータベース検索などにおいては、現状のコンピュータとは桁違いの速さで処理が可能になる。
|
※2 量子ゲート
粒子間に相互作用をさせるゲートで量子計算に必須な基本ゲート。現在の情報処理におけるANDゲートやORゲートなどに相当する。主要な量子ゲートとしては制御NOTゲートがある。
|
※3 確率的ゲート
確実には成功せず、確率的にのみ成功するゲート。確率的ゲートでは、シグナルにより成功か失敗かを判定する(図1)。例えば、線形光学素子を用いた量子ゲートでは、原理的に確率的ゲートしか作れないことが知られている。また、シグナル検出に通常用いられる光子検出器の効率は10〜70%(波長により異なる)であるため、さらに成功確率は低下する。
|
※4 量子もつれ
複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態のこと。例えば、量子もつれ状態にある2つの光子の場合、片方の状態が決まると、もう一方の状態もそれに応じて決まるといった特異な性質がある。この性質を量子情報の伝送、演算に利用することができるので量子情報処理のリソースともいえる。
|
※5 トポロジカル符号
近年研究が進む量子誤り訂正符号。トポロジー(位相幾何学)を意識した構成になっているのでこのように呼ばれる。ここで用いる量子ゲートは、現実的な物理を考慮した近接相互作用のみであり、また一方向量子計算を自然に実装できることにおいても、現実性が高いとされている。
|
※6 一方向量子計算
量子コンピュータ実現に向けて有望視されている測定モデルの量子計算方式。クラスター状の量子もつれ状態(エンタングルメント)を予め準備しておけば、あとは非常に簡単な処理だけで量子計算が行える。
|
※7 分割統治法
そのままでは解決することが難しい大きな問題を、いくつかの小さな問題に分割して個別に解決していくことで、最終的に大規模な問題を効率的に解決する方法。
|