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NTT持株会社ニュースリリース

2013年3月15日

日本電信電話株式会社
国立大学法人東北大学

磁場を使わずに電子スピンの向きを任意方向に変えることに世界で初めて成功
〜量子コンピュータの実現につながる新現象「移動スピン共鳴」を発見〜

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦 博夫、以下 NTT)と国立大学法人東北大学(宮城県仙台市、総長:里見 進、以下 東北大学)は、ドイツのポール・ドルーデ固体エレクトロニクス研究所(以下 ポール・ドルーデ研)と連携し、「移動スピン共鳴(Mobile Spin Resonance)」と名付けた新現象を発見し、半導体内で電子の移動する経路を適切に制御することで、外部から磁場を一切加えずに電子スピン※1の向きを任意方向に変えることに世界で初めて成功しました。本現象を用いると、シンプルな素子構造で効率的に量子情報を操作することが可能となるため、量子コンピュータ※2の新しい要素技術として応用が期待できます。
 本研究成果は、2013年3月17日(英国時間18:00)に英国科学雑誌「Nature Physics」のオンライン速報版に掲載される予定です。
 なお、本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

1.研究の背景と経緯

 半導体中の電子は「電荷」と「スピン」の2つの性質を持っていますが、従来の半導体デバイスでは電気的に制御しやすい「電荷」の性質のみしか利用されていませんでした。しかし近年、量子力学によって説明される「スピン」の性質を活用し、超高速演算が可能となる量子コンピュータに応用しようとする研究が世界中で進められています。
 半導体中のスピンを量子情報処理に利用するためには、「電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance)以下、ESR※3」(図1 )を用いて、個々のスピンの向きを自由に操作する必要があります。しかし、一般的なESRで必要となる外部磁場の空間領域は電子一個の占める範囲よりもはるかに広いため、磁場発生に要したエネルギーの大部分が無駄になってしまう点が問題とされていました。このような背景のもと、NTTと東北大学は、ポール・ドルーデ研と連携し、外部磁場を一切使わない新しいESR技術の確立に向けた研究を進めてまいりました。

2.研究の成果

 NTTと東北大学は、ポール・ドルーデ研と連携し、「移動スピン共鳴(Mobile Spin Resonance)」と名付けた新現象を発見し、半導体内で電子の移動する経路を適切に制御することで、外部から磁場を一切加えずに電子スピンの向きを任意方向に変えることに世界で初めて成功しました。
 移動スピン共鳴では、外部から磁場を加える代わりに、半導体内を移動する電子スピンに対しあたかも実際に磁場が存在するように影響する効果(スピン軌道相互作用※4)を利用します(図2 )。このスピン軌道相互作用がつくる見かけ上の磁場(有効磁場)は電子の速度ベクトルに依存するため、電子の移動経路を適切に設計することで、ESRに必要となる静磁場と振動磁場の両方を有効磁場だけで発生させることができます(図3 )。そこで、2011年に発表したスピン軌道相互作用の超音波による制御技術をさらに発展させた実験を行い、外部磁場が全くなくても通常のESRと同様のスピンの運動が生じる様子を観測することに成功しました。本現象を用いれば、移動経路の適切な設計により、スピンの向きを任意方向に変化させることが可能になります(図4 )。

3.技術のポイント

(1)ダイナミックドットによる移動経路の制御

 今回の実験で用いた試料は、半導体量子井戸※5試料の表面に、スリットを開けた金属薄膜を蒸着してあります。この試料に表面弾性波※6を伝播させると、スリット直下のピエゾ電場※7が周囲よりも強くなり、動く閉じ込めポテンシャル(ダイナミックドット)を形成します。この原理を利用し、スリットの形状で決まるチャネルに沿って電子を移動させることができます(図5 )。

(2)磁気光学Kerr効果※8による移動スピン共鳴の観測

 直進および蛇行したチャネルに沿って移動するスピンの空間分布を磁気光学Kerr効果を用いて測定しました(図6 )。その結果、電子を蛇行運動させた場合に、外部磁場が全くない状況においてもESRの特徴的運動(ラビ回転※9)が観測されました。さらに、スピン共鳴の計算結果と比較することで、スピン軌道相互作用によって移動スピン共鳴が生じていることを確認できました(図7 )。

4.今後の展開

 今回発見した「移動スピン共鳴」は、ESRには外部磁場が必要、という一般に知られる基本原理を覆す新現象です。今後は今回の成果をさらに発展させ、電子スピンを使った量子コンピュータの基本素子の実現を目指し、単一電子のスピン操作、複数スピン間のエンタングルメント(量子力学的もつれ)の制御などの研究を進めてまいります。

掲載論文情報

H. Sanada, Y. Kunihashi, H. Gotoh, M. Kohda, J. Nitta, P. V. Santos, and T. Sogawa
“Manipulation of mobile spin coherence using magnetic-field-free electron spin resonance”
Nature Physics (2013).
<URL> http://dx.doi.org/10.1038/NPHYS2573 

用語解説

※1電子スピン
電子は負の電荷を帯びた粒子であると共に小さな磁石としての性質をもつ。この磁石としての性質を古典的な球の自転になぞらえて「スピン」と呼ぶ。スピンは量子力学的な状態であり3次元空間内のベクトルで表現される。
※2量子コンピュータ
量子力学によって支配される物理量を利用した「量子ビット」に様々な演算をさせることにより情報処理を行うコンピュータ。演算過程で「重ね合わせ」という量子特有の状態を扱えるため、素因数分解やデータベース検索など現状のコンピュータとは桁違いの速さで処理が可能となる。
※3電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance: ESR)
静磁場の中に置かれた試料中の電子スピンに対し、上向き・下向きスピンの準位差に等しいエネルギーを持つ振動磁場を照射したときに、エネルギーの吸収・放出を繰り返しながら準位間の遷移が生じる現象のこと。この現象を応用した分光法では原子や分子および固体の電子状態に関する情報が得られるため、様々な研究分野で広く利用されている。最近は、ESRの技術を量子情報処理に応用するための研究も注目されている。
※4スピン軌道相互作用
電場の中を運動する電子が実効的に磁場を感じるという相対論的効果。半導体中では結晶構造や量子井戸などの構造による局所電場が原因でその効果が発現する。
※5量子井戸
電子に対するポテンシャルエネルギーが小さな半導体薄膜(量子井戸層)が、ポテンシャルエネルギーが大きな半導体層(障壁層)によって挟まれた半導体構造。量子井戸層の中には電子を効率的に閉じ込めることができる。
※6表面弾性波
超音波の一種であり、弾性体の表面近傍に集中して伝播する振動。GaAsのような圧電物質の場合、表面弾性波のつくる局所的な歪がピエゾ電場を誘起する。
※7ピエゾ電場
圧電物質と呼ばれる材料は、外力などで歪を加えると誘電分極が起こる。その結果として生じる電場のことをピエゾ電場という。
※8磁気光学Kerr効果
直線偏光を磁化した材料の表面に入射した際に、反射光の偏光軸が元の偏光軸に比べて回転する効果。ここでは、Kerr回転角は電子スピンの面直成分の大きさに比例する。
※9ラビ回転
ESRなどのスピン共鳴現象において、スピンが三次元空間内で振る舞う運動のこと。静磁場中のスピン歳差運動が二次元平面内の運動であるのに対し、ラビ回転は球面をなぞるように三次元空間内を運動する。
別紙・参考資料
図1 電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance:ESR) 
図2 移動スピン共鳴 
図3 移動スピン共鳴の原理 
図4 移動スピン共鳴を用いたスピン操作の例 
図5 ダイナミックドットによる移動経路の制御 
図6 チャネルに沿って移動するスピンの空間分布 
図7 スピン共鳴の計算結果との比較 

本件に関するお問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail:a-info@lab.ntt.co.jp

国立大学法人東北大学

工学研究科情報広報室
TEL 022-795-5898

ニュースリリースに記載している情報は、発表日時点のものです。現時点では、発表日時点での情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承いただくとともに、ご注意をお願いいたします。

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