2013年11月12日
日本電信電話株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫 以下、NTT)は、光子パルスが光導波路中を進む速度が真空中の光速より大幅に遅くなる「スローライト」効果を用いて、光導波路上にオンチップで集積化した量子バッファ※1を世界で初めて実現しました。
本成果により、光子を相互作用させ演算操作を行う量子ゲートを構成するために必要な「光子の干渉」における光子の正確な同期を達成出来ることから、光子を基本素子とした量子コンピュータ実現に向けて大きな可能性が広がったと考えられます。
今回得られた成果は、英国の科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」(11月12日付)で公開されます。
本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会(東京都千代田区、理事長:安西祐一郎)科学研究費補助金の援助を受けて行われました。
量子コンピュータを構成する基本要素「量子ビット」に何を用いて、それをどのように安定に保持し、相互作用させるかについて、様々な方式が提唱されています。NTT物性科学基礎研究所(神奈川県厚木市 以下、NTT研究所)においても、超伝導デバイス、半導体ナノデバイスなどを用いた量子ビットの研究を進めてきました。これまで提唱されている量子ビットのなかでも、光子は環境との相互作用がほとんどないことから、他の手法に比べてノイズ耐性に優れた量子ビットとして、期待されています。(図1 )
量子コンピュータの構築のためには、量子ビット同士を相互作用させ、演算操作を行う「量子ゲート」が必要ですが、光子の場合には、光子の干渉効果を用いて量子ゲートを構成します。現在、光子を用いて大規模な量子コンピュータを実現するために、光子源※2、光子検出器※3、量子ゲート操作のための光子干渉回路※4、量子バッファなどの素子を光導波路上に集積化する「集積化量子光回路」の研究が盛んに行われています。(図2 )
特に、量子ゲートの構成にあたっては、単一光子の干渉に際して光子干渉回路への到着時刻が正確に一致する必要があるため、導波路上で光子の量子状態を保持しつつ一時的に蓄えることで、光子の到着時刻を調整し量子ゲート動作を達成する「量子バッファ」の実現が課題となっていました。(図3 )
NTT研究所では、シリコンフォトニック結晶※5技術を用いて作製した結合ナノ共振器(図4 )中で、光子パルスがそのパルス形状を保ったまま真空中の光速より大幅に遅い速度で伝搬するスローライト効果を用いて、光子に対する量子バッファを実現しました。
本量子バッファを用いて、以下の実験を実施した結果、結合ナノ共振器により光子パルスの伝搬速度を大幅に減速(真空中の光速の1/60程度)しつつ、光子の量子状態を忠実に保持することが出来たことにより、本技術が光導波路上にオンチップで集積化した量子バッファとして適用可能であることを確認しました。
量子バッファの実現により、多様な回路構成において光子の同期が容易になるため、集積化量子光回路の大規模化が可能となります。また、量子バッファの保持時間を変化させることにより、遂行したい量子計算タスクにあわせて回路を再構成可能な集積化量子光回路を実現できます。
光パルスを減速させる能力に優れている光共振器を多数結合することにより、スローライトを実現できることが知られています。今回、NTT研究所はシリコンフォトニック結晶技術を用いて、光閉じ込めの非常に強い光ナノ共振器を400個結合した全長840 μmの結合ナノ共振器を作製しました。これは、これまでに世界で報告された最大の共振器数の結合ナノ共振器です。本デバイスの採用により、光子パルスの形状を保持したままパルス伝搬の大幅な減速(真空中の光速の1/60程度)を実現できました。
今回用いた結合ナノ共振器は1.5 μm光通信波長帯の限られた帯域の光子に対してのみスローライト媒質として動作します。そのため、今回の実験では光ファイバ中の自然放出四光波混合※7を用いて1.5 μm帯の量子相関・量子もつれ光子対を発生し、測定に利用しました。さらに、測定には光子パルスを高い信号対雑音比かつ高い時間分解能で検出することのできる超伝導単一光子検出器※3を用いました。この測定にあたっては、NTT研究所において培ってきた最先端の光通信波長帯における量子光学測定技術※8により、従来は困難であった単一光子の高時間分解能測定が可能になり、かつバッファにおいて光子の量子もつれ状態が保持されていることを実証することができました。
今回実現した量子バッファに加え、導波路上に集積化した高効率光子検出器の作製を行います。さらに、量子もつれ光子対源、光子検出器、光子干渉回路等を光導波路上に実装した集積化量子光回路を構築し、光子を基本素子とした量子コンピュータの実現に向けた要素技術の研究を進めます。
先端技術総合研究所 広報担当
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