(報道発表資料)
2016年11月4日
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)は、米国イリノイ大学と共同で、超伝導磁束量子ビット※1を用いることによって超伝導電流における実在性※2の破れの実証に成功しました。
観測されたものは観測する前から存在しているという性質は実在性と呼ばれ、日常見る巨視的世界では常識と考えられています。一方で電子一個の振る舞いのように量子力学※3で記述される微視的世界では観測によって初めてその状態が定まり、観測以前にその状態が実在していたとは言えない非実在性※4が現れます。巨視的世界も量子力学に従っているのであれば非実在性が現れると考えられます。巨視的世界でも非実在性が現れるのかそれとも量子力学に適用限界があり巨視的世界では非実在性が現れないのかという問題(巨視的実在性問題)は量子力学の黎明期からある未解決問題の一つでした。
超伝導磁束量子ビットには170nA(毎秒1012個もの電子の流れに相当)の電流が流れています。今回の成果はこの電流で非実在性が現れることを示したもので、量子力学が電流状態という巨視的なスケールまで適用できることを実証したことは基礎物理分野に大きく貢献すると考えられます。また、本成果は超伝導磁束量子ビットが真の量子性を用いる量子デバイスとして働きうることを保証します。
この成果は、2016年11月4日(英国時間)に英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」オンライン版で公開されます。
二重スリットを通過した電子は一個ずつでも干渉縞を※5示します。電子は分割できないので、これは電子がどちらか一方のスリットを通過したわけではなく、右のスリットと左のスリットを通る電子の重ね合わせ状態が実現していることを意味しています。この時スリットの直後に電子がどちらのスリットを通ったのかが分かるような観測をすると、重ね合わせ状態だった電子の状態がどちらかの状態に確定し干渉縞は消失してしまいます。これは日常見る巨視的世界では常識と考えられている「観測する前から状態は決まっている」という実在性が量子力学で記述される微視的世界では正しくないことを意味しています。巨視的世界も量子力学に従うのであれば、巨視的世界でも実在性は破れることが期待されます。本研究のねらいは常識に反する巨視的世界での実在性の破れを検証することです(図1)。
今回、NTT物性科学基礎研究所は、アルミニウム超伝導回路から成る超伝導磁束量子ビット(図2)において実在性の破れの検証実験を行い、実験誤差標準偏差の84倍の精度で超伝導磁束量子ビットの電流状態の非実在性を実証しました。これによって量子力学が微視的なスケールのみならず電流状態という巨視的なスケールまで適用できることを明らかにしました。
実験は超伝導磁束量子ビットを10mKの極低温に冷却して行いました。この温度領域では熱による状態励起が無いため、量子ビットを最低エネルギー状態(基底状態:−1)に用意することができます。−1状態に用意した超伝導磁束量子ビットに2回の状態操作を行なった後に量子状態を読み出します。2回の状態操作の間に観測を行う場合と行わない場合で結果を比較します。
まず、1回目の状態操作によって−1と+1の重ね合わせ状態を生成し実験を行います(メイン実験※6)。実在性が成り立っているのであれば観測前に既に状態が決まっているので、観測の有無によらず読み出しの結果は変わらないことが期待されますが、量子重ね合わせによって実在性が破れている場合には観測によって状態が+1または−1に定まります。この重ね合わせ状態が実現し非実在性が現れるとき観測の有無による差は最も大きくなることが期待されます(図3)。次に、観測が状態を乱さないことを確認するための実験を行います(コントロール実験※7)。1回目の状態操作によって−1または+1状態を用意し観測の有無で差を測ります。この差が十分小さいことにより状態が観測によって変わらないことが分かります。実験の結果、メイン実験での差がコントロール実験での差を大きく超えており(図4)、電流状態という巨視的な量での実在性の破れを実証しました(図5)。
ある物理系で実在性の破れを確認するためには実在性が満たすレゲット・ガーグ不等式と呼ばれる条件がその物理系で破れることを示す必要があります。この不等式は実在性が成り立てば必ず満たされますが量子力学のように実在性が成り立たない系では満たされない場合があります。しかしながら実験で直接レゲット・ガーグ不等式の破れを示すためには量子性が保たれる時間内に3回の高精度な測定が必要などの厳しい条件があり実証が困難でした。NTT物性科学基礎研究所では、レゲット・ガーグ不等式と数学的に等価な測定方法を用いることでこれらの実験的困難を克服しました。
巨視的非実在性を調べるには巨視的な系で観測による状態の乱れが小さいことが必要となります。超伝導磁束量子ビットには+1と−1に対応する2つの状態があり、それぞれ右回りと左回りに数百nAの超伝導循環電流が流れています。これは毎秒1012個の電子の流れに相当し、可動コイル型検流計でも検出可能な程の巨視的なものです(図2)。また、この超伝導磁束量子ビットの電流の状態を乱さずに観測するする必要がありますが、観測後の状態を保持する量子非破壊測定※9は一般に困難なものでした。NTTでは超伝導磁束量子ビットにジョセフソン分岐増幅(JBA) ※10を用いることで高速高精度での電流状態の量子的に非破壊な観測を実現しました(図6)。
今後は観測による状態の乱れを更に抑えた測定を行っていきます。また、超伝導磁束量子ビットの電流を大きくしたり、集団の超伝導磁束量子ビットを用いることで更に巨視的なスケールでの実在性の破れの検証を目指します。
George C. Knee, Kosuke Kakuyanagi, Mao-Chuang Yeh, Yuichiro Matsuzaki, Hiraku Toida,
Hiroshi Yamaguchi, Shiro Saito, Anthony J. Leggett and William J. Munro
“A strict experimental test of macroscopic realism in a superconducting flux qubit”
Nature Communications (2016).
日本電信電話株式会社先端技術総合研究所 広報担当 |
![]() NTTのR&D活動を「ロゴ」として表現しました |
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