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NTT持株会社ニュースリリース

(報道発表資料)

2020年10月20日

日本電信電話株式会社
国立大学法人東京工業大学

世界最高速の帯域100GHzを超える直接変調レーザを開発
〜SiC基板上メンブレンレーザにより低消費電力で実現〜

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純、以下「NTT」)は、国立大学法人 東京工業大学(東京都目黒区、学長:益 一哉、以下 東工大)科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の小山二三夫教授と共同で、高熱伝導率を持つSiC基板※1上にインジウムリン系化合物半導体※2を用いたメンブレンレーザ※3を開発しました。直接変調レーザとして世界で初めて3dB帯域※4が100GHzを超え、毎秒256ギガビット(2560億ビット)の信号を2km伝送できることを確認しました。
 直接変調レーザは、現在、データセンタ※5で広く使用されていますが変調速度に限界があり課題とされてきました。本成果を用いれば、今後予想されるトラフィックの増大に低コスト・低消費電力に対応でき、また本技術の研究開発を進展させることで、NTTが提唱するIOWN(*)構想を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献していきます。
 本成果は、英国時間10月19日に英国科学雑誌「Nature Photonics」のオンライン速報版で公開されます。

  • (*)IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network):
    スマートな世界を実現する最先端の光関連技術および情報処理技術を活用した未来のコミュニケーション基盤。

1.研究の背景

 データトラフィックは今後も増加を続け、特にデータの集中するデータセンタではサーバ間を接続する光インターコネクション※6の大容量化が必須です。一方で、データセンタの消費電力増加は避けなければならず、低消費電力化の要求も同時に満たすことが重要です。現在、データセンタでは、低消費電力・低コストという特長から直接変調レーザが最も多く使用されています。直接変調レーザは、レーザに注入した電流(キャリア※7)に比例して光(フォトン※8)出力が変化する強度変調を利用しているため、キャリアとフォトンの相互作用である緩和振動周波数※9により、変調速度が制限されています。図1は過去30年にわたる直接変調レーザの3dB帯域の変遷を示しています。90年代にレーザ活性層※10の高性能化により30GHz程度の3dB帯域が得られていますが、その後、大きな進展は得られていませんでした。
 活性層の高性能化によるこれ以上の改善は困難と考えられるために、付加的な高速化手法としてフォトン-フォトン共鳴が注目され、検討が行われています。これはレーザの発振モード※11に隣接する縦モード※12との離調(ディチューニング)を強度変調時に発生する側帯波※13の周波数に一致させることにより、その特定の変調周波数付近での強度変調を増強させるというものです。図2はフォトン-フォトン共鳴を適用した場合の3dB帯域の変遷を示しています。これまでの検討で3dB帯域55GHzが達成されており、毎秒112ギガビットのPAM4信号※14の生成が実現されています。
 さらなる高速化に向けてフォトン-フォトン共鳴の周波数を大きくすることはディチューニングの調整で可能と考えられますが、信号を生成するためには低周波領域から高周波領域にわたる周波数応答特性が平坦であることが必要です。そのためには緩和振動周波数を大きくし、フォトン-フォトン共鳴周波数の間で大きな落ち込みが生じないようにすることが重要な課題でした。

2.研究の成果

 これまでNTTでは、緩和振動周波数を増大するために活性層の光閉じ込め係数に注目し、熱酸化膜(SiO2)付きシリコン(Si)基板上にメンブレンレーザの開発を行ってきました。メンブレンレーザは活性層の光閉じ込め係数が大きく小型という特長から、低消費電力な直接変調レーザが実現できます。一方で、熱伝導率の小さなSiO2上に素子を作製していることから電流注入に伴う活性層の温度上昇が大きいため、電流量を増やしても活性層の利得の飽和により緩和振動周波数は20GHz程度で飽和していました。
 今回、活性層での発熱を抑えることを目的にSiO2の約500倍の高い熱伝導率をもつ炭化ケイ素(SiC)基板上にインジウム燐(InP)系メンブレンレーザを作製しました(図3)。SiCはInPと比較して屈折率も小さいことから、光閉じ込め係数もSiO2上の素子とほぼ同等です。素子作製は、極薄膜(40ナノメートル)のSiO2を間に挟んで直接接合を用いました。100mWの発熱源を仮定した計算では、活性層長50ミクロンのメンブレンレーザの活性層の温度上昇は、SiO2膜厚が2ミクロンから40ナノメートルになった場合、130.9度から16.8度に大幅に削減されることがわかりました(図4)。実際に作製した素子では、緩和振動数が最大値となる電流値はSiO2上の素子では5.5mAでしたが、今回の作製した素子では30mAまで大きくすることができ、世界最高の緩和振動周波数42GHzと3dB帯域60GHzが得られました(図5)。
 さらに、出力導波路端面からの光フィードバックを用いて、フォトン-フォトン共鳴が95GHz付近で起こるような素子を設計しました。その結果、3dB帯域108GHzを得るとともに(図6)、毎秒256ギガビット(2560億ビット)のPAM4信号の生成、および2km伝送に成功しました(図7)。

3.今後の展開

 伝送容量が1テラビットを超えるような次世代イーサネットの規格に4つあるいは8つのアレイで対応可能な送信機の実現などが期待されます。低消費電力化が同時に実現できることにより、今後懸念されるデータ量の増加によるデータセンタやスーパーコンピュータの消費電力の増加を削減することも期待されます。将来的にはNTTが提唱するIOWN構想に向け、光を中心とした革新的技術を活用し、これまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信の実現をめざします。

4.技術のポイント

(1)SiC基板上メンブレンレーザ

 メンブレンレーザは、図3に示すように、低屈折率材料上に作製した300nm程度の膜厚(従来型のレーザの1/10程度)のレーザのこと。InP層のなかにレーザ活性層が埋め込まれており、基板に水平方向にpn接合を形成した横注入型ダイオード構造になっています。メンブレンレーザは活性層のすぐ近傍に屈折率の小さな物質があるために活性層で発生した光(フォトン)は活性層内に強く閉じ込められます。注入されたキャリアも活性層に強く閉じ込められるために誘導放出が効率的に発生します。これにより、直接変調レーザの低消費電力化や高速変調化が期待できます。図8はSiO2上とSiC上のメンブレンレーザの光閉じ込めの様子を示していますが、図に示すように両者にほとんど差がなくSiCはSiO2と比較して約500倍の熱伝導率を持ち、さらに光閉じ込めも同程度という特長を持ちます。

(2)作製技術

 酸素プラズマを用いてSiCとInPをSiO2を介して直接接合しています。SiO2はプロセスに耐えうる接合強度を得つつ活性層へのダメージがない接合を可能にしますが、熱伝導率が小さなため極力薄くすることが重要です。今回、接合後の昇温時のガスの発生による膜の剥離等を抑えるため発生したガスを逃がすための溝をあらかじめ基板に形成する工夫で良好な接合を得ることに成功しました。
 図9に作製プロセスを示します。まず、直接接合後にInP基板を除去します(図9(a))。次にレーザのコア領域となる部分の活性層を残して、それ以外のところでは活性層を下部のInP層までエッチングにより取り除きます(図9(b))。エッチングの際に保護膜となるSiO2層をマスクとして、InP層が表面に出ているところに選択的にInPを再成長します。これにより、活性層がInP層に埋め込まれます(図9(c))。その後、選択的にドーピング領域を作製し、グレーティング、電極を形成して素子を作製します。

(3)キャビティ内フォトン寿命の設計

 緩和振動周波数が大きくなってきた場合に、直接変調レーザの周波数応答は、キャビティ内にフォトンが平均的に閉じ込められる時間であるフォトン寿命や、活性層のゲインの非線形飽和などで制限されてきます。ゲインの非線形飽和係数は活性層に用いる材料などにより決まるため、設計の余地は少ないのですが、フォトン寿命はレーザ共振器の設計により制御可能です。図10はキャビティ内のフォトン寿命を変化させた場合の周波数応答特性を計算により示したものとなります。計算では、緩和振動周波数は40GHzで一定としています。図に示されるように、フォトン寿命が1ピコ秒付近に設定することで3dB帯域を最大化できることがわかります。

図1 直接変調レーザの3dB帯域の変遷(付加的な高速化手法の利用なし)
図1 直接変調レーザの3dB帯域の変遷(付加的な高速化手法の利用なし)
図2 フォトン−フォトン共鳴を用いて直接変調レーザの3dB帯域の変遷
図2 フォトン−フォトン共鳴を用いて直接変調レーザの3dB帯域の変遷
図3 作製した素子の外観図と走査電子顕微鏡像
図3 作製した素子の外観図と走査電子顕微鏡像
図4 50ミクロンの活性層長のレーザで100mWの熱源を仮定した場合の活性層の温度上昇
図4 50ミクロンの活性層長のレーザで100mWの熱源を仮定した場合の活性層の温度上昇
図5 作製した素子の特性(端面からの反射のない素子)
図5 作製した素子の特性(端面からの反射のない素子)
図6 フォトン−フォトン共鳴を用いた素子の特性
図6 フォトン−フォトン共鳴を用いた素子の特性
図7 256Gbit/s PAM-4の生成と2km伝送
図7 256Gbit/s PAM-4の生成と2km伝送
図8 SiO2上、SiC上のメンブレンレーザの光のモード分布
図8 SiO2上、SiC上のメンブレンレーザの光のモード分布
図9 プロセス工程図
図9 プロセス工程図
図10 緩和振動周波数を40GHzと仮定した場合の計算による周波数応答特性のキャビティ内フォトン寿命依存性
図10 緩和振動周波数を40GHzと仮定した場合の計算による周波数応答特性のキャビティ内フォトン寿命依存性

用語解説

※1SiC基板
ケイ素(Si)と炭素(C)からなるIV族の化合物半導体。熱伝導率490W/(m・K)、屈折率2.58。パワー半導体として広く用いられているほか、熱伝導率が大きいことからレーザなどの発熱を効率よく逃がすための基板として用いられます。
※2インジウムリン系化合物半導体
インジウムとリンを含むIII-V族の化合物半導体。Ga(ガリウム)、Al(アルミニウム)、As(ヒ素)などを適量混ぜることでレーザ、変調器、受光素子などの動作波長を調整できます。また高速な電子回路の作製にも用いられます。
※3メンブレンレーザ
空気などの低屈折率な媒質に囲まれた薄膜構造のレーザ。
※43dB帯域
素子の応答特性を示す指標。素子を低周波から高周波へ変調した場合に、変調振幅が低周波側の時と比較して3dB(半分に)小さくなる周波数のこと。
※5データセンタ
インターネット上のデータを保存するサーバ、サーバ間を通信するためなど機器を集めた施設。インターネットの進展とともに巨大なデータセンタが必要となってきており、データセンタの消費する電力が課題となっています。
※6光インターコネクション
電気信号を光信号に変換して機器間を接続する方式。電気信号を光信号に変換する際に半導体レーザが用いられます。低損失・高帯域の光ファイバを用いることで電気での信号伝送よりも低消費電力に信号を送受信できます。
※7キャリア
電流注入や光励起により生成された電子や正孔のこと。電子と正孔が再結合する際に光が放出されます。
※8フォトン
電子と正孔が再結合する際に放出される光の粒子。
※9緩和振動周波数
パルス状の電流をレーザに注入した場合に、レーザ共振器内のキャリアは急激に増加するため大量のフォトンが発生しレーザ発振します。レーザ発振によりキャリアはフォトンになり、結果としてキャリアは減少します。キャリアが減少するとフォトンが減少するため光出力の時間的変動が起こります。この振動の周波数を緩和振動周波数と呼びレーザの直接変調の速度を制限する大きな要因となります。
※10レーザ活性層
キャリアが注入されフォトンが生成される領域のことです。インジウムリン系化合物半導体では、Ga、Al、Asなどの含有量を調整してレーザの発振波長を得ています。
※11発振モード
下記、縦モードの中でレーザ発振している縦モードのことです。一つの縦モードのみで選択的に発振しているレーザはシングルモードレーザと呼びます。
※12縦モード
レーザ発振を得るためには、光の波としての性質から、共振器内を一周してきた光の位相(波)が初期値と一致することが必要です。この一致する波長を縦モードと呼びます。
※13側帯波
レーザ光をある周波数で強度変調した場合に、発振スペクトルは広がります。この時、低周波側と高周波側に変調周波数に一致する周波数差に現れるピークが生成され、これを側帯波と呼びます。
※14PAM (Pulse Amplitude Modulation) 4信号
4値パルス振幅変調:2ビットのデータ(00、01、10、11)を4つのアナログレベルのパルス信号として伝送する強度変調方式です。1ビットのデータ(0、1)を2つのアナログレベルのパルス信号として伝送するNRZ(非ゼロ復帰)符号と比較して、一度に2倍の情報を送ることができます

本件に関する報道機関からのお問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当
science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
TEL 046-240-5157

東京工業大学

科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
教授 小山二三夫
koyama@pi.titech.ac.jp
TEL 045-924-5068

東京工業大学

総務部 広報課
media@jim.titech.ac.jp
TEL 03-5734-2975

ニュースリリースに記載している情報は、発表日時点のものです。現時点では、発表日時点での情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承いただくとともに、ご注意をお願いいたします。

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